小説やエッセイはもちろん、映像・音楽・舞台などあらゆるジャンルで表現活動を行ういとうせいこうさん。ちょっと意外な気もしますが、じつは数年前から東京・浅草で暮らしています。浅草は職人の「技」が生きている町。この町に住んでから、いとうさんはぶらりと通りを歩いては気になる店に入り、お店のご主人と知り合いになって、「いつかどこかで役に立ちそうな知恵」を聞き出すのが楽しみになったと言います。

 ものを作っている人たちのそれぞれの暮らしや仕事の中から生まれる「日常の知恵」のようなもの。それを集めてみようと始まったのが、「考える人」に好評連載中の「他人(ひと)の知恵」です。過去2回は、扇専門店「文扇堂」の荒井修さん、そして江戸文字の書家・橘右之吉さんにお話をうかがいました。そして、荒井さんからは伝統的な柄である「青海波」や「麻の葉」の描き方を、橘さんからはコピー機など存在しない時代に自由自在に文字を写すことを可能にした「籠写し」の技法を、それぞれ教えていただいたのでした。もちろんそれらが、職人たちが伝えてきた「机上の学問には因らない技芸」や、文字の持つふしぎな生命力にしっかりと支えられた「ちょっとした知恵」であったことは言うまでもありません。

 そして今回、第3号では、浅草で染絵手ぬぐいの名店「ふじ屋」を営む川上千尋さんをお訪ねしました。木綿の布に染色を施したおなじみの「手ぬぐい」は、顔や体を拭うだけのものではなく、時に帽子にもなったり、お祭りの日には欠かせないファッションだったりします。そればかりか、お正月に名前を入れて配ったり、役者さんなどが名刺がわりに使ったりもする、いわばコミュニケーション・ツールでもあったなど、興味深い話が展がってゆきます。話は木綿の由来や縞柄のルーツなどにもおよび、江戸時代のマルチ・クリエーター山東京伝が行った手ぬぐいのデザイン・コンテストの話では、手ぬぐいが最先端のアートでもあったことがわかります(ちなみに「ふじ屋」では、この時のデザインから21点を復刻し、ボックスセットとして販売しています◆問い合わせ:電話03-3841-2283)。

 ここ数年「人に教わるモード」が続いているといういとうさん。俳句の達人・金子兜太さんと、俳句と日本語の可能性について目からウロコが落ちるような対談を行った『他流試合―兜太・せいこうの新俳句鑑賞―』もぜひ併読いただきたいのですが、「他人の知恵」はこの後も、知っているとちょっと嬉しくて、さり気ないようだけどけっこう深~い知恵を求めてゆきます。どうかご期待ください。