明日発売の「考える人」08年夏号は、「小説より奇なり! 自伝、評伝、日記を読もう」という特集です。前号の海外長篇特集につづき、丸谷才一さんに古今東西の自伝・評伝についてお話をうかがいました。自伝・評伝の本場といえば、まず第一にイギリス。そして、前号のお話にもあったように、長篇小説発祥の地もイギリスです。

 イヴリン・ウォーをはじめ、イギリスの文学志望者は、その第一作に伝記を書くことが少なくないそうです。伝記作家の社会的な地位もきわめて高い。本屋にいけば、天井までぎっしり、左右幅も驚くほどたっぷりと、大量の伝記が並んでいます。なぜ英国の人たちは、これほど熱心に伝記を読み、書くのでしょう。伝記と長篇の根本的な関係をまずはさぐってみましょう。

丸谷 デイヴィッド・ロッジという小説家にいわせると、小説の初めである18世紀のイギリス小説の題が『ロビンソン・クルーソー』とか『トム・ジョーンズ』とか『クラリッサ』とか、主人公の名前になっているのは、初期のイギリス長篇小説が伝記とか自伝のまねをして、あるいはそれを装って書いた、そのあらわれだというのね。
 要するに伝記的関心と長篇小説的関心の両方がイギリス人にはあって、その両方がまじりあうかたちで出てきたんでしょう。イギリスの長篇小説と伝記は相互的な浸透によってできたのだろうと思います。

 それではなぜ、イギリスで伝記が繁栄したのか。それは、近代イギリス社会が「社交的人間」を求め、そのなかの飛びぬけた人物をヒーローとして尊敬したためではないか、と丸谷さんはいいます。社交的人間とは、分別があり、しかも奇人であるような人。そういう人は奇人伝の主人公になれるエピソードをふんだんにもっていた。17世紀イギリスではそうした奇人伝が好んで読まれたそうです。

 18世紀になると、知性が高く、ユーモアにも秀でた人が求められるようになり、そこで生まれたのがボズウェルの『サミュエル・ジョンソン伝』。イギリスの伝記史上、エポックメイキングな傑作です。さらに時代が進むと、20世紀初頭には、リットン・ストレイチー『ヴィクトリア朝偉人伝』が生み出されます。このイギリス評伝史を代表する二大傑作の具体的な魅力については、ぜひ本誌でごらんください。

 さらに丸谷さんのお話は、伝記の前段階である紀元前13世紀のエジプトの墓碑銘から、20世紀のツヴァイク、E・H・カー、そして鴎外、勝小吉まで、縦横にひろがっていきます。
 イギリスの伝記がすぐれている証拠のひとつは、プルーストの最高の伝記がフランス人ではなくイギリス人によって書かれたものであることだ、といった、思わず身を乗りだしてしまうような面白いエピソードも満載です。

 さて、丸谷才一さんにはこれまで、短篇小説、長篇小説、そして今回の伝記と3回にわたってお話をうかがってきましたが、次号からも引きつづきロングインタビューをお願いできることになりました。つづけて読んでいただくと、文学の全体が俯瞰でき、しかもその細部の愉しみがどんどん深まっていく、「丸谷才一連続講座」といった趣のものになりそうです。どうぞおたのしみに。