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『CMにチャンネルをあわせた日 杉山登志の時代 』
馬場啓一+石岡瑛子編(PARCO出版局)

 学生時代、私は広告の仕事に憧れたことがありました。七〇年代の終わりから八〇年代初めにかけてのことです。なかでもとりわけ圧倒的に、私がコマーシャル・フィルムの世界に惹かれるようになったきっかけを作ったのは、杉山登志さんの存在でした。広告が表現としてぎりぎりのところまで洗練されていて、広告の領域を少しはみ出すような、それは「作品」といっていいものでした。

 杉山さんの仕事にはさまざまなクライアントがありましたが、数も多く質も高かったのは資生堂のコマーシャル・フィルムでした。一時期の資生堂のコマーシャルのほとんどは杉山さんの手によるものだったようです。杉山さんが亡くなる数カ月前にテレビに流れていた資生堂のコマーシャル、通称「図書館」は、名作中の名作でした。今でもその映像をありありと覚えています。木造の図書館の、無垢の木のテーブルと椅子。そこで勉強をしていた少年が、少し離れたところで本を読んでいる年上の女性に目がいく。その女性が少年の視線に気づき、少年をじっと見返す。ふたりの視線を結んだ上に一瞬流れる何か。年上の女性と少年が見せるなんともいえない表情。映像でしか表現できない瞬間が、たった十五秒程度の世界に描かれていました。

 杉山登志さんは一九七三年十二月十三日に亡くなりました。自殺でした。モービル石油のコマーシャルで、マイク真木の歌う「のーんびり行こうーよ、オレたちはー」が流れる、杉山さんを有名にした作品がありました。杉山さんの死を報じる朝日新聞の囲み記事の見出しは、「『のんびり行こうよ』破産」。杉山さんの遺書を引用したその記事には、華麗で派手な世界の先頭に立っていた者が、その無理が原因となって亡くなったというようなニュアンスが含まれていました。当時その記事を読んで、とくにその見出しには大きな違和感を覚えました。記事にも引用されている遺書にはこう書かれていたようです。

「リッチでないのに
 リッチな世界などわかりません
 ハッピーでないのに
 ハッピーな世界などえがけません
『夢』がないのに
『夢』をうることなどは……とても
 嘘をついてもばれるものです」

 一九六一年から始まり一九七三年で終わった杉山さんの仕事は、国内外の賞を総なめにするものでした。遺書にもある「リッチ」や「夢」の世界は、杉山さんの仕事を言い当てるキーワードとしてどうだろうかとはいいません。しかしそればかりではなかった、と思います。杉山さんの仕事にときどき現れるユーモアが私は好きでした。たとえば、資生堂の「サンオイル」のコマーシャル。真夏の海水浴場にふさわしくないなりをした中年男が現れます。目つきも怪しい。頬被りをし、ステテコに腹巻き。浜辺を物色して歩いている。拾ったものを片手に持った風呂敷のなかに入れている。そして三国一郎さんのナレーション。「資生堂海岸情報。各地の海岸に資生堂サンオイル専門のこそ泥が出没している様です。お持ちのサンオイルは大切に保管してください」。資生堂の「きれいきれい」な世界にはふさわしくない「異物」を投入する蛮勇。構図とカットを緻密に組み立てる演出力。カメラマンとしても抜群の才能があったカメラワーク。それらが融合して、資生堂なりの上品さをけっして損なわずに狙いどおりのユーモアを見事に着地させるのです。「サンオイル」の宣伝効果については、もちろん言うまでもありませんでした。

 本書は(すみません。もう古書店で探していただくしかないと思いますが)、そんな杉山登志さんの人と仕事を様々な角度から光を当てるものです。当時、書店に並んだとたんに買い求めた本でした。奥付を見ると、発行日は一九七八年十二月十日、とあります。亡くなって五年目の年です。友人知人、同業者、杉山さんのコマーシャルに出演した人、などなどがそれぞれに杉山さんの仕事、そして突然の死について語り、書いています。代表作の映像カットも紙上に採録されています。生前に彼が書き残した原稿もある。その仕事、その死について書かれた友人や知人の原稿は、どれも読み応えがあります。多少の反発を含むものもあったり、その死を前にして途方に暮れた当時の真情がなまなましく綴られたものもある。どこか隔靴掻痒の感じを抱きながら、杉山さんの何かに迫ろうとするという点において、それぞれの原稿は実に切実に書かれているのがわかります。そして杉山さんが生きてきた広告宣伝の世界に対する揺るぎない愛情と誇りが、しっかりと刻まれているのも注目すべきことでしょう。杉山さんの世界を支えたものは、杉山さんの才能だけではなく、これらの協働した人々の力もあったのだ、ということが次第に見えてきます。だから杉山さんの死は孤独ではない。「破産」ではない、と思えるのです。

 杉山さんのコマーシャルがきっかけとなり、有名になった人も多数います。たとえば前田美波里であり、秋川リサです。彼女たちも原稿を寄せています。秋川リサの原稿が素晴らしい。全体を引用したいところですが、その最後の部分だけを抜いておきましょう。杉山さんへの鎮魂として、これほど愛に溢れたものはありません。

「彼は確かに天才だったのでしょう。彼のまわりの人たちもそう思っていたし、そう扱ってきました。でも、そんな中で、
『なにが天才よっ』
 と言ってくれる人が必要だったのかもしれません。
『なにが天才よっ』
 それで彼が生き返るなら、百万回でも言いたい。そんな気持です」
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