Kangaeruhito HTML Mail Magazine 156
 出版社における「2007年問題」

 再来年あたりから団塊の世代の定年退職が始まるそうです。団塊の世代が培ってきた技術、知識などが次世代以降の社員たちに継承されないまま大量の定年退職者が出てしまうと、製造業を筆頭とした企業では2007年以降に様々な問題が起こり始めるであろう――これが「2007年問題」について疎い私が知っていることのすべてです。それでは、出版社における2007年問題はあるのだろうか、と考えてみました。私は人の年齢を覚えることについて決定的な欠落があるらしく、社内では誰が2007年に退社するのかわかりません。なので具体的なイメージを想定しながら話を進めることができないので、一般論として、出版社で問題が起こるとすればどういうことがあるのかを考えてみることにします。

 まずは「技術」。編集者の技術、ということになると、まずは本の設計です。本文をどう組むかは編集者の「基本の“き”」。活字の大きさ、1行を何字詰めにするか、1ページを何行にするか、ノンブルの書体、大きさ、目次の組みはどうするか、奥付の組みはどうするか……。今書いていて思ったのは、「組む」という言葉です。原稿を一字一字読んで印刷工場の植字工が活字を拾って組んでいたから「組む」。今はほぼ100%組版工程はコンピュータによるものですから活字は使われていません。したがって、「組む」という言葉は死語になりつつある。それではどんな言葉に置き換わっているかというと、「本文デザイン」です。

 私が入社した1982年頃は、本文の組についてはすべて編集者が本の出来上がりを想定した上で、自分で考えて指定していました。新潮社では、装幀室が担当していたのは表紙、表紙カバーのデザインです。目次、奥付はもちろん、帯のデザインも編集者が自分でやるもの、もうちょっと踏み込んで言えば「編集者の本づくりの腕の見せどころ」でした。だからコピーから帯のデザインまで腕をふるって、出来上がったものを見て一人密かに「ほくそ笑む」のが編集者の醍醐味でした。帯のコピーを考え、デザインも考えて、自分で写植の指定をします。指定を間違えるととんでもなく不釣り合いに大きい文字が出来上がってきてしまい慌てて打ち直してもらったりすることもあり、あるいは、打ち上がってきた写植をカッターとペーパーボンドで切り張りし、さらに微調整する名人もいました。ところがコンピュータが導入されるようになり、いつしか帯のデザインは装幀室が担当するようになって、今は帯を自分の手作業でつくる編集者は新潮社においては一人もいなくなりました。

 あれができるのならばこれも、となるのが人情です。腕の見せどころは言葉を変えれば「面倒くさいもの」。目次の指定にしても、奥付の指定にしても、「できれば上手い人におまかせしたい」となるのは目に見えています。帯の次には目次を、奥付を、そしてついに「本文デザインも考えてくれる?」となるまでには時間はかかりません。今は本文デザインまで装幀室がやっているケースが飛躍的に増えています。「面倒くさいからまかせる」ばかりではもちろんありません。「新潮クレスト・ブックス」をスタートさせるときには、造本設計から本文デザインまですべて洗練されたものにしたかったので、ノンブルや柱の位置や書体など、細かいところまで神経の行き届いたものにするため、積極的な意味で装幀室にかかわってもらいました。

 編集者がまだ帯のデザインをやっている頃、すでに他の出版社では、「製作部門」が出来ていて、編集者は作家と緊密に会ってコミュニケーションを深める役割に徹し、持ち帰ってきた原稿は「製作部門」が受け取って指定から入稿、ゲラの管理まですべてやる、というシステムを採用するところが出始めていました。これはこれでひとつの明快なやり方だな、とは思いましたが、私の好みとしてはどうも納得がいきません。生まれてきた子どもにどういう服を着せて、どういう名前をつけるのか。最後まで面倒を見る、という精神が本づくりという地味な仕事にはふさわしい気もするからです。しかしあらゆる世界で分業化が進んでいるように、編集者の仕事から昔ながらの「本づくり」の作業が失われつつあるのはまぎれもない事実です。開高健さんの『ロマネ・コンティ・一九三五年』の単行本の装幀(藤沢周平さんの『蝉しぐれ』もそうだったでしょうか)で知られた文藝春秋の編集者、萬玉さんのような人、つまり自分の本の装幀は自分でやってしまう編集者は、もうこれからは現れないでしょう(みすず書房は今でも編集者が装幀をしていると聞いていますが……)。それは雑誌の世界でも同じです。雑誌の文章ばかりではなく、カットも、デザインも、すべてこなした花森安治さんのような雑誌編集長は、もはや伝説の領域です。ついでに言えば、文藝春秋の池島信平さんは「雑誌の広告は編集者がつくるべきものである」という考え方を明確に持っていた方だそうですが、これもまた、もはや昔話になってしまいました。

「最後まで面倒を見る」といえば、やはり私が入社したばかりの頃、出版社各社には「葬儀の名人」と呼ばれる編集者がいました。作家が亡くなり、葬儀をどのように執り行うかについて遺族と相談しつつ、各社から編集者の手伝いを招集し、「この作家なら葬儀には○百○十人は来る」と会葬者の数を予測し、馴染みの葬儀社と協働して遺漏なく葬儀を運営する「達人」がいたのです。K社のEさんなどは「会葬者の数をほぼぴたりと読み当てる」伝説の持ち主でした。葬儀が終わればその作家とのつき合いが終わるわけではもちろんなく、遺族とのコミュニケーションも大切な仕事として継続します。場合によっては五十年、百年と生命を失うことのない本というものの「商品」の特殊性は、このような「最後まで面倒を見る」ところにも現れています。これもまた「技術」のひとつといえるかもしれません。いずれにしても、編集者には様々な雑事をこなす能力が要求されていました。

 他にもあげれば切りのないほどの魅力的な雑事をいっぱい背負った旧来の編集者の最後の人たちが、団塊の世代だということになるかもしれません。ところが、編集の「技術」はすでに新しいもの、コンピュータに置き換わっている。造本設計もデザイナーに委ねるようになった。編集者から編集者へと継承すべきデスクワーク・レベルの「技術」は分業化されてしまい、実はそれほど残されていないのかもしれません。「いや編集技術なんていうのはたいした問題じゃない。作家との付き合い方のような、言葉ではなかなか伝えにくい手腕が問題なんだ」という指摘も聞こえてきそうです。しかし作家との付き合い方も時代とともに移り変わり、新しい世代の作家と新しい世代の編集者には、彼らなりのつき合いが新たに生まれているのだと思います。ならば「2007年問題」は出版社には存在しないのでしょうか?

 1960年代、団塊の世代は10代の前半でした(と、突然話が飛びますが……次号の特集「一九六二年に帰る」の編集作業の最中にいるので、私の物事を考える基準が今は1960年代になっているのです)。東京でさえ、まだあちこちに原っぱがあった時代です。日本がこれからどうなっていくのか明確には見えなかったものの、しかし原っぱに象徴されるような、まだまだたくさんの隙間やあふれるほどの「未定のもの」がそこにはありました。可能性の幅が今よりもグンと広かった時代です。この「ほの明るい」時代に多感な時期を送った団塊の世代には、まだ精神的な「空き地」を育む余地があったのではないか、と思うのです。

 実際、しばらく放置されたままの空き地であてもなく遊んでいた経験が普通にあったはずで、この無目的で、経済活動から外れた部分にただ何となく身を浸した身体的な感触というものは、実は死ぬまで消えないのではないのか、と思うのです。しかし、いつしか空き地は消えてしまいました。空き地はたちどころに経済活動に吸収される。「本づくり」も分業化され、いったん分解修理に出されて、「無駄なく」「いかにして売るか」という照明に煌々と照らされながら組み立て直され、編集者が見よう見まねで不器用にデザインをするような「無駄な時間」はどんどん少なくなっています。写植を切り貼りして、そのつなぎ目からはみ出たペーパーセメントをラバーでこそぎ落とす、そんなチマチマした作業の密かな喜びはコンピュータに回収されてしまったのです。

 空き地のなかでかくれんぼをしていたら、鬱蒼と茂った背の高い雑草のなかにジョロウグモの巣を見つけ、飽きもせず眺め続けていた、というような無償の行為は、新しい世代にはあまり用意されていないような気がします。いつも何かの目的に駆り立てられている。「ぼんやりしてちゃ駄目でしょ」と尻を叩かれる時代に、私たちは今生きているのです。あるいは、ネットサーフィンのようなものが、ある種の「ぼんやり」の代償行為になっているのでしょうか……。

 自分が企画する新しい仕事は、「それってちゃんと売れるのかい?」と聞かれるようなものばかりでした。しかし、何とか実現にこぎ着けてきたのは、その後押しをしてくれた先輩編集者がいたからです。考えてみればそれは、団塊の世代を含む上の世代の先輩編集者たちでした。「なんだかわかんないけど、面白そうだからやってみるか」という考え方にはマーケティングの発想はありません。理屈では説明しきれない感覚のようなもの。私はこのいい加減かもしれないけどちょっと前向きな姿勢が出版社には不可欠なものだと今もなお考えています。団塊の世代への不満は実はいっぱいあるのですが、それはまた別の機会に譲るとして、今回はその目に見えない美点について駆け足で考えてみました。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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