Kangaeruhito HTML Mail Magazine 166
 平面なら大丈夫

 小学校の高学年で、苦手だったのは家庭科でした。料理は楽しい。定番のカレーはもちろん、パンが乾かぬよう湿らせた布巾を用意して(今はそんなことしないですが)おごそかに作るサンドウィッチなど、得意と言ってもよいほどでした。ところがまったくお手上げなのは裁縫です。裁縫箱を見るだけで手先も気持ちもコチコチに硬直してしまうのです。糸をすんなりと針穴に通せない。やっとの思いで糸を通すことができても運針を進めるうちに指先が汗ですべるようになる。ミシンも同じです。少し動かしただけなのに、ボビンケースの中はなぜか盛大に糸がからまっていたりする。縫い目には修復不能な皺がうらめしげに寄ってしまう。

 裁縫を学習した総仕上げは、エプロンを縫い上げることでした。胸当ての縁どりの部分にバイヤステープを縫いつけなければならない事態になったとき、行く手は万里の長城のように果てしなく思われました。提出日の前夜、いよいよ万策も、精魂も尽き果て、空ろな目で見上げた時計は午前零時を回っていました。日頃はすでに煙たい存在となり始めていた母親が、見るに見かねて私の手からエプロンを取り上げた瞬間の釈放された気持ちを昨日のことのようによく覚えています。

 書道とか絵とか壁新聞とか、そういう平らなもの、二次元の世界はいいのです。壁新聞に取り組むときなどは鼻孔をふくらませて描き文字に凝り、イラストに凝り、色遣いにもレイアウトにも凝りました。先生だの親だのを唸らせてやろうという下心がむくむく湧き上がる余裕もあったのです。ところが針に糸を通し、何かと何かを縫い合わせるという「三次元」的な世界を目の前にすると、手は硬くなり、ときには震え、乾いていたはずの手のひらが湿ってくる。とにかく、どうにもこうにも苦手なのです。

 誕生日に無理を言って買って貰った9ミリゲージの鉄道模型も、なぜか早々に操作スイッチにつながるコンデンサーが焼き切れて使えなくなりましたし、ちょっと華奢な線路の接続をしているうちに、なんだか妙に歪んだままうまく接続できなくなり、プラスチック製の枕木もぽろぽろと剥がれてしまいます。私が不器用に部品をいじっていると魔法をかけられたように壊れてしまうのです。「神の手」という言葉がありますが、私の場合はその上に「貧乏」という二文字がよいしょと載っかってくる。

 理科系でエンジニアだった父は、「どうすればこんな壊れ方をするんだ」と怪訝そうな表情を隠しません。いっぽう四歳年上の理科系の兄はハンダ付けも得意、ラジオも自作できる人でした。私はコードのビニールカバーを剥がすのすら苦手です。ラジオペンチでススーっと切り離せばいいものを、電線まで切断してしまい、作業をやり直しているうちにコードが短くなっていく。今でも工具箱を開けると、微妙に気が沈みます。

 編集という作業は二次元の大平原で行われます。自分にとって天職だなあとつくづく感じるのは、やはり紙の上という平らな世界だから、ということもあるのではないか。一昨日、NHKのテレビ番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」(毎週火曜日21時15分より放映)を見ていたとき、まあそんなことはあり得ないにしろ、つくづく自分は心臓外科医でなくてよかったと思いました。ご覧になった方も多いかもしれません。このドキュメンタリー番組で取り上げられていたのは小児心臓外科医として年間三百件以上も手術を手がける名医です。

 私が心臓外科医でなくて良かったと思ったのは、番組の後半で、「若手を育てるのがいかに難しいか」というテーマになったところでした。心臓外科の名医は、若手になかなか手術を担当させないのです。徹底して下積みを経験させる。技術や知識、心臓外科医としての心がまえを十二分に蓄積させ、数年を経なければ手術はさせません。ところが、引っ張るだけ引っ張っておいて、初めての手術日を、突然言い渡すのです。当日の朝たった8時間ぐらい前に若手をつかまえて、「今日は君にやってもらう」と宣告する。

「そんな無茶な……」。私はテレビを見ながら呟きました。顔色を無くした若手医師が先輩医師にすがるような眼で手術の手順を確認しようとする場面など、本人でなくとも両手で顔を覆いたくなります。名医がつきっきりでサポートするとは言うものの、いや、だからこそ緊張はピークに達するはず。最初にメスを入れる瞬間、「止めたほうがいいんじゃないの?」と私の内なる声が聞こえました。「この患者さん、執刀医にとって初めての手術だなんて、まさか知らされてないんだろうなあ」。しかしカメラがとらえた彼のメスを持つ手は……震えてはいません。たいしたもんだ。

 手術の前半でメスを持った若手医師の手が危うく間違いを起こしそうになった瞬間、「いらんことはしない」と名医から間髪を入れず短く鋭い声が。若手医師の眼鏡の内側は見る見るうちに汗でびっしょりと曇っていきます。「ちゃんと見えてる? 大丈夫?」と声をかけたくなるひどいあり様。私が名医だったらタオルを投げ入れ、「もはやここまで」と告げたくなる状態です。眼鏡の曇りはそのままに、心臓の人工弁を縫いつける難易度の高い最終局面もくぐりぬけ、手術は手順通りゴールに向かいます。名医の「ベリー・グッド」のお褒めの言葉まで出て手術が無事終了した瞬間、私もやっと大きく息を吐くことができました。

 スタジオにも呼ばれた名医は、二本の人工血管を縫い合わせる実技を披露していました。これがまた、何をやっているのかさっぱり目で追えないほど手早い。つくづく人間の種類が違うと思いました。こういう人っているんだ。そしてワタシはこういう人なんだ、とむしろすがすがしく白旗を揚げたくなる光景でした。

 次号(4月4日発売)で「直して使う」を特集しようとしたのは、「壊して新しく買い直す」タイプの私が、そんな苦手意識を充分に意識しつつ、いろいろな方にお話をうかがいたいと思ったからです。「それじゃこの先は実際にやってみてください」と言われないように充分に警戒しながら、二次元より三次元に愛をこめ、二次元の威力を発揮したいと思っています。どうぞご期待ください。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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