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『現代歌人文庫 春日井建歌集』(国文社)

 私が大学に入学した70年代後半は、まだどこからか、きな臭い匂いが漂ってくる時代でした。入学するほんの数年前には大学構内でリンチ殺人事件が起こり、その現場となった部屋の周囲には、どこか近寄りがたい空気が流れていて、しかし事件を知っている同級生はあまりいない、という状況でもあったのです。まだ当時は新聞紙上で「内ゲバ殺人」の見出しが現れることも珍しくはありませんでした。78年には成田空港管制塔占拠事件があり、成田闘争のシンボルと言える鉄塔が完全に姿を消すまでには、さらにしばらくの時間の経過が必要でした。語学のクラスには時折、4、5歳は優に年上と思われる人が現れて、授業終了直後のタイミングを見計らってビラを配っていくこともありました。

 この歌集は、私が入学早々に大学のサークルの先輩から教えられ手にしたものです。大学のサークルの部室は大学の本部に隣接する空き地のなかにあって……というよりも、長い歴史のなかで取り残された飛び地のような敷地のなかで、崩れ落ちる寸前の木造小屋として残っていたのですが、その状態はそのままサークルの歴史と命運を象徴する光景でした……私たちは毎日のようにこのボロ小屋に集まっていました。今ではサークルはもちろん、当時の空き地も小屋も存在せず、そこには大学の新しい施設が建っています。

 サークルは、特定の集団や組織が背後で関わっていない、大学内で唯一の新聞部でした。創立当時には干刈あがたさんも関わっていたらしいその新聞部は、私が入部する頃にはほとんど文芸新聞部、図書新聞部の様相を呈していて、新聞というよりも同人誌的な色彩の強いものになっていました。集まっているメンバーは、一癖も二癖もある文学好き、あるいは党派には属さず世界の動きに強い関心を持つ人ばかりでした。

 先輩は刊行されたばかりのハンディーな歌集を手にしながら、私が春日井建を知らないことを蔑むこともなく、淡々とその魅力を語ってくれました。私は翌日、大学の生協でその歌集を手に入れて、それまで触れたことのある寺山修司や岸上大作の短歌とはまた違う趣のある、怪しくも美しい迫力を湛えた歌にたちまち惹かれていきました。

 揺さぶりて雪塊おちくる樹を仰ぐ無法の友の澄む眼を見たり

 夜空には骨片のごとく見えをらむ不眠の窓をよぎる雪粒

 童貞のするどき指に房もげば萄葡のみどりしたたるばかり

 子を産みし同級の少女の噂してなまぐさきかな青年の舌

 大空の斬首ののちの静もりか没ちし日輪がのこすむらさき

 これらの歌は、1960年に刊行された第一歌集『未青年』からのものです。『未青年』は春日井建が20歳までに発表した短歌をまとめたもの。刊行当時、序文を書いたのは三島由紀夫でした。弱冠20歳にして最初の歌集でどれだけ注目を集めたかは想像に難くないところです。三島由紀夫の序文の冒頭は春日井建が描き出す映像的な世界に張り合おうとするかのように、きわめて物語的な語り口になっています。引用してみましょう。

「序文といふものは、朝、未知の土地へ旅立つてゆく若い旅人に与へる『馬のはなむけ』のやうなものである。あたりはまだ薄闇に包まれてゐて、やがては汗ばむことになる馬の鬣も、ひんやりと朝露に濡れてをり、前脚ははやるやうに蹄を挙げて草を蹈みしだいてゐる。若い旅行者は元気よく馬の背に鞍を乗せ、腹帯をきつく締め、さて馬に打ち跨がつて、馬上から見送りの人へ振向いて微笑する。しかしその顔にはすでに未知の土地の幻影がかがやいてをり、昨夜まで滞在してゐた地方は、朝霧のやうに急速に、その記憶から拭ひ去られてゆくのが見てとれる。序文の筆者は、ただ馬の鼻先を、未知のはうへ向けてやればよいのだ。それで万事をはりだ。馬は走り出し、旅人は二度とこちらを振向くことがない」

 序文はたいそう力が入っていて、この文章の後に展開する抒情と言語をめぐる文学論は、一見は春日井建論と見えながらも、実は三島由紀夫自身が依って立つ場所と向かおうとする場所を独白しているとも読め、おそらくは孤立無援と思われたかもしれない自分の旅路を、後からもうひとりの若者が頼もしく従って来ると感じていたのではないか、と疑いたくなる独特な情感に包まれています。そして序文の末尾は、跋文の名手、三島由紀夫の真骨頂と言える謳いぶりになっています。

「現代はいろんな点で新古今集の時代に似てをり、われわれは一人の若い定家を持つたのである。

 一九六〇年六月
三島由紀夫」


 水をかけて終わった焚き火のあとから、饐えた煙臭さが寂しく立ち上るような大学時代の空気と分かちがたく結びつくこの歌集は、何かに追いつめられた錯覚に襲われたとき、今でも手に取ることがあります。そして先に引用した「大空の斬首……」の歌を読み直す毎に、序文の書き手が十年後に迎えることになる最後の姿が、あらかじめ予言されていたかのような幻の思いまで私のなかに静かに湧き上がってくるのです。

(春日井建氏は、2004年に逝去されました。また、『続・春日井建歌集』が同じ国文社から刊行されています)
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