最相葉月さんの『星新一 一〇〇一話をつくった人』は、もうお読みになりましたか? 昨今の日本の読書界ではやや古びてしまったかに見えていたジャンル、「本格評伝」の一冊として、読者の新たな興味を掘り起こすことにもつながった大きな話題作です。講談社ノンフィクション賞、日本SF大賞、大佛次郎賞、日本推理作家協会賞(評論その他の部門)……と数々の賞にも輝き、高い評価を受けています。

 しかし、書き手の側からみてみると、「本格評伝」の執筆の舞台裏には、クリアしなければならない幾多の問題が横たわっていました。まず労力と時間です。最相さんは約1万点にも及ぶ星新一さんの遺品の整理や、134人もの関係者へのインタビューを行っています。数年におよぶ取材のあいだ、著者の経済問題も浮上せざるをえません。果たしてそれはどのようにクリアしたのでしょうか?

 そしてもうひとつは人間関係です。取材を進めるなかで知られざる事実が判明したとき、遺族との信頼関係を保ちながら、その事実をどのように活字化することが可能なのか。前々回お伝えした丸谷才一さんへのインタビューのなかで、「ヴァージニア・ウルフにいわせると、十九世紀末からイギリスの伝記は面白くなった。なぜかというと、未亡人があまり口を出さなくなったから(笑)」とその問題に触れていますが、最相さんの場合には、どうだったのか。発表までに約六年を費やしたこの一冊には、数え切れないほどの物語が隠されています。

 今回のインタビューでは、そのあたりの事情をうかがうことができました。そのなかからひとつだけ、最相さんのインタビューの流儀が語られているところを引用しておきましょう。

「取材のとき、私はテープレコーダーを回さないことが多いですね。かつてかかわった仕事で、取材に慣れていない一般の方々にお話をきく場合、テープを回すと相手が緊張してしまい、あまり喋ってくれないことが少なからずあったんですね。録音されていると安心してしまって、私自身の注意力が低下するという弊害もある。気を入れて、じっくりお話をうかがっていれば、相手の呼吸を読むことができるし、言い淀んだ部分を覚えておくと、次回のインタビューで新しい何かを引き出すきっかけになります。そして、インタビューが終わったら、すぐに喫茶店やファミリーレストランに飛び込んで、忘れないうちにメモをしておきます」

 いかがですか? これだけ具体的に詳しく語ってくださるのは、例外的なことだという気がします。全篇はぜひ「考える人」でお読みくださいますよう。