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武満浅香『作曲家・武満徹との日々を語る』
聞き手・武満徹全集編集長(小学館)

 近年刊行された様々な「全集」のなかで、圧倒的に異彩を放っていたのは、作曲家・武満徹氏の『武満徹全集』(小学館)でした。とにかく編集者の収集にかける情熱が凄かった。340曲にも及ぶ武満徹作品をすべてCD58枚におさめたこと。それもただ右から左へ集めたわけではありません。楽譜だけがあって未録音だった作品は新たに演奏して録音する(こういう方法は「録り下ろし」とでもいえばいいのでしょうか)。失われたと思われていた音源も編集者みずから倉庫まで出かけていって探し当ててしまう……といった破格の熱意と労力あってこその全5巻、CD58枚なのです。

 全5巻にそれぞれ付属する単行本には、作品発表当時の詳細なデータ、内外の新聞雑誌に掲載された公演評、武満徹氏と親交のあった人々による文章なども収録され、これまた資料的な価値の高い編集になっており、CDと互角に戦う気合いに満ちたもの。とにかく『武満徹全集』には、CDであれ書籍であれ、集められるものは徹底して集めてしまおうというプリンシプルが徹底して貫かれているのです。ここまで凝りに凝った構成になったのは、編集者が武満徹という作曲家の素晴らしさを最良のかたちで後世に残したいという「使命感」に駆られていたからだ、としか言いようがありません。

 本書は、全集の月報のために行われた武満徹氏夫人・武満浅香さんへのインタビュー(全6回、20時間にも及ぶもの)を、月報という紙面上の制約で一部しか収録できなかった「月報バージョン」からあらためて最大限に復活させ、単行本一冊分にまとめた編集者のもうひとつの情熱のたまものです。

 それにしても武満浅香さんの話は面白い(小誌でも2005年春号の特集「クラシック音楽と本さえあれば」で武満浅香さんにインタビューをしています。申し訳ありませんが当該号は売り切れてしまいました。ご興味のある方はぜひ図書館などでご一読ください)、武満徹氏への愛情や敬意はもちろんベースにしっかりとありながら、そのせいで目が曇ったり、記憶が過大にふくらんだり、という陥りがちなひずみをまったく感じさせないのです。記憶のたどり方は慎重で、冷静。物事のなりゆきや道筋を淡々と振り返る姿勢はフェアであり、ユーモアもあります。たとえば初期の代表作のひとつ「ノヴェンバー・ステップス」をレナード・バーンスタイン率いるニューヨーク・フィルから委嘱されたときのエピソード。

「『ニューヨーク・フィルの一二五周年の委嘱作品にオーケストラと琵琶と尺八の入った曲を作曲してほしい』って、そんなの無理だって、徹さん断わったんです。そうしたら、『じゃあ、いいです。邦楽器を使わなくても、オーケストラだけでいい』という返事が向こうからすぐ来たのね。そうしたら、今度は徹さんが、『そんな簡単に要望が変わるようなことで頼んだのか』って、逆に怒っちゃったのね(笑)。あの人、馬鹿ねえ(笑)。『そう言われたら、やってみよう。別に邦楽器と合わなくてもいいから、違いを際立たせるつもりで書けばいい』って、それで作曲することになったのです。」

 若い頃には年間300本は観ていたというぐらいの映画好きだった武満徹氏には、90作以上にも及ぶ映画音楽作品があります。古くは石原裕次郎の映画「狂った果実」や勅使河原宏の「砂の女」、そして、黒澤映画では、初のカラー作品「どですかでん」と「乱」で音楽を担当しています。注目されるのは、一部で密かに話題になった「乱」における黒澤監督とのトラブルについて、いったいどういう成り行きだったのかが、本書でも明らかにされていることです。

「『乱』のときは、徹さんとても張り切っちゃって、いろんな案があって、はじめは日本の歌舞伎とか義太夫だとかいろんな掛け声をうまくコラージュして、それで『乱』の音楽を構成したらおもしろいって話をしていました。黒澤さんも『それはおもしろい』って賛成したはずなのに、いざ本番となったら黒澤さんの耳にはもう、マーラーがわーっと鳴っていてね。ほかのはもう受けつけられないんです。マーラーみたいな曲を書いてほしいって言われて、そうしたら、徹さんは、『それじゃマーラーを使ったらどうですか』ということになった……。」

 このくだりでは黒澤監督と武満徹氏とのあいだで交わされた手紙のやりとりにも触れています。これも初めて明かされるエピソードで実に興味深いものがあります。ではありますが、ここですべて引用してしまうわけにはいきませんので、詳しくはぜひ本書をご一読くださればと思います。

 文章家としての武満徹氏の仕事は、『武満徹著作集』全5巻が小社から刊行されています。また、武満徹氏の全体像を多面的にとらえた特集が、「芸術新潮」の5月号(4月25日発売予定)で現在鋭意編集中です。こちらにもぜひご期待くださいますよう。
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