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中谷耿一郎『木洩れ日の庭で』(TOTO出版)

 桜は散りましたが、今はまさに新緑の季節です。街路樹として並ぶ欅や、公園を見下ろす桂の木などが、若々しく浅い緑色の葉を鮮やかに広げ、伸ばしています。葉の緑は夏になるにつれて濃くなってしまい、たとえば欅の木などは春よりもだいぶ暗く重たい印象に変わります。だから今の季節ほど緑が美しく見える時期はない、という気がします。

 平日の昼間、そんな若葉を見上げたりしながら、庭仕事などができたらどんなに幸せだろうか、と思います。しかし会社勤めの身には、そんな夢のような日々は思い切って会社を辞めてしまうか、定年退職の後にしか実現できそうにありません。過日も、ターシャ・テューダーの庭のドキュメント番組「喜びは創りだすもの」をNHKで見たときには、30万坪の敷地に広がる3000坪の野草庭園の素晴らしさに圧倒されるばかりでした。90歳のターシャがここまで時間をかけて庭づくりをし、丹精し続けている姿に深い感動を覚えつつも、これはほとんど丸ごと人生をかけた仕事であって、「休日の庭仕事」などというレベルの話とはわけが違う、と思ったりもしました。

 もうひとつ、日本の庭という環境を考えたときに、たとえばターシャの庭がある場所やイギリスのロンドン郊外にあるような庭とは、根本的な部分で大きな違いがあるのではないか、と思うのです。つまり緯度の違いです。ターシャの庭のあるアメリカ・ヴァーモント州は、東京よりも遙か北に位置している。ロンドンも同じです。東京はもうほとんど亜熱帯と言ってもいい気候ですから、雑草は猛烈な勢いで伸びますし、植生もかなり異なってくるはずです。

 この本は、著名な造園家である中谷耿一郎氏が、八ヶ岳の山麓に自分で設計した小さな家と小さな庭を丹精する日々を中心に、庭とのつきあい方を淡々とユーモラスに、ときに本質的に考えながら綴られている本です。中谷邸の敷地は100坪だそうですから、ターシャの敷地の三千分の一。0.03パーセント。なんだか、その規模といい、東京からは2時間ぐらいの距離にある八ヶ岳山麓というロケーションといい、ターシャの庭よりもだいぶ身近に感じられます。ぱらぱらとエッセイを読み始めると、文章がさらりとしていて理知的で、職人的な厳しさを見せない柔らかさがあるのです。それにカラー写真がとてもきれいです。思わず買ってしまいました。

 ヘンリー・デヴィッド・ソローの「森の家」をお手本にしたらしい家の佇まいがまたちょっと日本とは思えない顔つきをしています。庭のつくりにしても、これ見よがしのところがなく、著者の人柄がそのまま形になったのではないか、と思えるような好もしさが溢れています(庭の趣味がご夫妻では違っていて、その微笑ましいような軋轢も可笑しい)。レイチェル・カーソンやシェーカーについての言及もあり、なんだか「文人造園家」あるいは「賢人造園家」とでも呼びたいような人の、シンプルな哲学が隠された庭、と思わせるものがあるのです。

 そして、庭というものへの夢が暴走しがちになる私のような人間には、「あとがき」の文章がずいぶん心にしみました。それを最後に引用させてもらうことにしましょう。

「庭について思いつくままに、とりとめもなく書いてきたが、もしかしたら庭がないと生活や人生を愉しめない、と考えている人がいらっしゃるのではないかと気になる。自分の庭をもてない人や庭が小さいと嘆いている人には、この地球のすべてを自分の庭として日々楽しむぐらいの気概をもってほしい。私は天女山という見晴らしのよい山にときどき散歩に行くが、山頂の岩に腰かけて八ヶ岳、南アルプス、富士山、秩父山系と連なる山並みを眺めていると、家や庭に縛りつけられて過ごす人生など、愚の骨頂のようにも思えてくることがある。」
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