Kangaeruhito HTML Mail Magazine 184
 迷うとき

 編集長の仕事の中身はいろいろとありますが、いちばん多いのは「決める」仕事です。特集を何にするか。表紙をどうするか。どの写真を選ぶか。何ページでまとめるか。タイトルをどうするか。「決める」と聞けば、能動的で、黒白はっきりつけて方向を指し示す、きっぱりとした語感しかありませんが、私の場合はなかなかそのようにはいきません。会議や打ち合わせで「じゃあ、こうしよう!」と勢いよく結論を出したものの、その日の晩、風呂に入りながら「でもなあ、あれでよかったかなあ」とぐずぐず、ああでもない、こうでもないと、ぐるぐる頭のなかで巡り始めるものがあります。私はこのようにして、自分でもあきれるほどよく迷います。

 雑誌のつくり方には正解などありません。ですから雑誌は編集長が替わると表紙や判型がかわったり、編集方針の軌道修正が行われたりもします。売り上げ不振が続けば、編集長が替わらずとも誌面がガラリとかわる場合もあるでしょう。雑誌は生身の人間がつくっていますから、編集部員がひとり入れ替わるだけで誌面の雰囲気が変化することもあります。一人の若い実力ある編集者によってぐいぐいと雑誌の顔つきがかわっていくことだってあるでしょう(どちらかと言えば私はそういう変化が感じられる雑誌のほうが好きです)。

 新潮社の各誌の編集長の顔をそれぞれ思い浮かべると、舵取りの方法もたぶん様々で、それぞれ違う感じがします。編集長が替わってから、だいぶ顔つきが変わった雑誌も少なくありません。わたしが若い頃に所属していた雑誌も、編集長が替わることでだいぶ雰囲気が変わり、「なるほどな」と思ったことを覚えています。一般企業で部長だの課長だのが替わって部内や課内の雰囲気が変わるのとおそらく同じなのでしょう。

 ちょっと話題がそれました。問題は「迷うこと」でした。迷った末に「しかし、これで行こう!」と気分的にも決着がつき、後ろを振り返らない場合もありますが、結論を出しても実は「見切り発車」という場合があります。「見切り発車」で気持ちが何となくおさまりきらなかった場合には、しかし必ずといっていいほどしっぺ返しがある。どこか物陰から迷っているところを盗み見られていたのではないかと勘ぐりたくなるほど、読者の反響が芳しくない場合が多いのです。これは不思議ですが本当です。きっと、迷いは確実に誌面に現れていて、そして迷っている雑誌というのは魅力が薄い、ということなのでしょう。

 でも私はまず、迷うんですね。どうしても。「これなら絶対!」と思うようなプランであっても、部内の反応がいまひとつはっきりしないと感じたり、営業の担当者に「それで大丈夫?」なんて呟かれると、自分の皮膚がうすくなってしまったように、そよ風さえしみる気分に陥ってしまうのです。しかしそれでもなお「これでいいんだ!」と思い返せる場合もあって、つまり自分のなかに最終的には揺るがない「芯」のようなものがあれば、一晩眠ればケロッとして、迷わず目標に向かうこともあります。そして、そういう場合はたいていうまくいく。

 つくづく編集長というのはおっかない仕事だと思います。迷わないココロがあれば、これほど面白い仕事もないのかもしれません。しかし一切迷いのない編集長というのはどういうものなんだろう。「新潮社の陰の天皇」(?)と呼ばれた故・齋藤十一氏の言動を聞き及ぶと、齋藤氏はどんな場面でも迷わなかったような気もし、ある作家の原稿を読んで「貴作拝見、没」と返事を出したなんていう伝説にいたっては、私には「ほんまかいな」と言いたくなる、遙か五万光年も遠くに思えるようなエピソードです。

 齋藤十一氏のことを思い出すと、編集長に向く血液型、向かない血液型なんていうのもあるのかなと、ますます弱気になってきます(そういえば、私が入社試験を受けた頃は、「志願カード」になぜか血液型を書かされたことを思い出します。今は廃止されたようですが、あれは何かを判定していたのだろうか……)。しかし、同じく齋藤十一氏の伝説のおそるべきセリフ「頭はいらない。手足を集めろ」が発せられたとき(これ、編集部員の集め方の指示をしたときのセリフだそうです)、「じゃあ集めた手足は将来、ちゃんと頭になるんでしょうか?」と誰も心配しなかったのかなあ、と私などは思い、手足としてかきあつめられた人の不幸を思うのです。

 五月だというのに、梅雨のような、低気圧におびやかされる鬱々とした天候が続くと、迷う気持ちもさらに重苦しいものになっていきます。ところが一夜明けて、何と今日の天気の良いことか。晴れ晴れとはこのことですね。私の信頼する営業部のT氏と「考える人」四周年記念号の打ち合わせで、この晴天のもと都内の書店を訪ねて、たった今もどってきたところです。帰ってくる道すがら、T氏と雑談しているうちに、「迷う」というのはつまり「考える」ことなんだよな、迷わなくなったらそれは思考停止と同じ、これからもじゃんじゃん迷うべし、と気分が上向きになってきました。Tさん、ありがとう。晴天よ、ありがとう。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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