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『フィリップ・ビゴのパン』(柴田書店)

 柴田書店の食をテーマにした大判の本は、柴田書店でなければ出せないスタイルがあります。今となればもう柴田書店の独擅場というわけにはいかないのかもしれませんが(つまり、柴田書店の本を密かにお手本にして、似たものを作ろうとすれば、それはできないことではない)、二十年以上前は銀座の書店に行くと必ず柴田書店の本の並ぶ棚や平台をチェックして、新刊が出ているとパラパラとページをめくって料理写真を堪能し、レイアウトの美しさにうっとりし、それなりの定価にちょっぴり我に返って、それでもなお買う、ということが何度となくあったものです。

 この本は表紙にやられてしまいました。タイトルも写真も、間然するところがない堂々たるもの。本の内容を過不足なくそのままズバリと表している。これだけで、フィリップ・ビゴという人がどういう人であるかまで伝わってきます。そして、冒頭の「序文にかえて」に書かれている、フィリップ・ビゴさんの言葉の圧倒的なすばらしさ。ここを立ち読みしただけで、私はこの本を買う気持ちになりました。たとえばこんな感じです(以下は「序文にかえて」の文章から何カ所かを選んで引用したものです)。

「ブーランジェは工房であくせくと動いているが、優秀なブーランジェの手の動きを見てほしい。生地に触れる指先や手のひらの動きだけは、まるで女性に、または赤ちゃんに触れるがごとくやさしいはずだ。優秀なブーランジェの手は、生地を傷めないようにやさしいだけでなく、触れるたびに生地の気持ちも読みとっているのだ」

「生地をこねるときも、人間の子が一人前になると親の手から離れていくのと同様だ。ちゃんと練れてコシがでてきたら、たとえそれまでベトベトと手についていても、自然に手から離れるようになる。生地のこねあがりを判断する一番の目安は、この手から離れるときである。コシの力は、パン生地が生きる力であり、コシがでてきたら、パンに生きる力がでてきたということだ」

「パンにとって一番大切なのは、育つ環境である。これも人間と同じだ」

「たとえば、暑いからといって、エアコンをいれたり、窓をあけてはならない。生地にとって最大の敵は乾燥であり、風が通れば、それがどんなに微風であろうと、生地に直接当たらなくても、パンの表面は乾燥しはじめる。表面が乾いてしまったら、残念ながらもうおいしいパンが焼きあがることはない」

「当たり前のようなことだが、毎日の現場で心を尽くして仕事をしている自信があるだろうか。ぬり卵をぬる簡単な作業ひとつにしても、どうすれば生地に負担がなく、おいしそうな焼きあがりになるか。仕上げのジャムやグラスのぬり方ひとつをとっても、こういう簡単な作業こそしっかりとできるのがプロフェッショナルである」

「私が日本に来たのは40年前。今では日本でもパン食文化が発達し、バゲットをはじめとするフランスのパンが全国どこでも手軽に買えるようになった。しかし日本のパン文化の根っこの部分は40年前とあまり変わっていない、と私は思っている」

「私にとって、パンは毎食の主食であり、命の糧となる神聖な食べ物である。日本における白いごはんと同じ感覚だと思ってもらえばいい」

 これだけのことを言える人のパンは、さてどんな味がするのでしょうか。序文に続いて始まるパンの写真のページは、「完成品」の美しさはもちろんのこと、パンづくりの工程を丁寧にとらえた親切かつ的確な写真選びに唸らされます。この本がムードばかりを重視しているのではないことは、写真に添えられた説明文が簡潔で要を得たものであることでもはっきりとしています。パンづくりへの責任を果たそうとする目的意識が最初から最後まで貫かれている。その気さえあれば、ビゴさん直伝のパンを「作ってみることはできる」のです。

 この本は、私が久しぶりに購入した柴田書店の本です。二十年以上前の柴田書店の本よりも、気が置けない、気さくな表情がプラスされたような感じがします。それでもなお柴田書店の香り、スタイルは健在です。ビゴさんの言葉どおり「心を尽くして仕事をしている自信がある」本。私にとっても、編集者という仕事への誇りが、ふつふつと湧いてくる本でした。
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