辻邦生さんの代表作は何かを考えるとき、外すことのできないのは『背教者ユリアヌス』だと思います。『背教者ユリアヌス』が単行本として刊行されたのは1972年のことでした。執筆がされたのはそのしばらく前のことになります。

 創刊準備中であった文芸誌「海」から、長篇小説の連載の依頼があったのが1968年。依頼を受けて『背教者ユリアヌス』の執筆が開始されたのが1969年。この間、辻邦生さんはパリにアパルトマンを借りた1年2か月におよぶ長期滞在の最中でした。

 辻邦生さんは日記をつける習慣を持ち続けた作家であったようです。そして日記は創作ノート的な役割を果たしてもいました。当時の日記は『モンマルトル日記』として単行本化されたことがありますが、日記そのものについては誰の目にもふれることがありませんでした。今回はご遺族(辻佐保子氏)のご了解と、日記を保管する学習院大学史料館のご協力を得て、当時の日記そのものを撮影させていただくことができました。

 パリの五月革命が、世界の学生運動にも連鎖していった1968年、1969年という時代状況のなかで、辻邦生さんが激動する世界情勢をどのような視線で見ていたのか。そして『背教者ユリアヌス』という小説にも、時代の動きが何らかの影響を与えたところがあったのか。日記を詳しく検証しながら、時代と作家精神のつながりを見てゆくことにしましょう。