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星野道夫『アークティック・オデッセイ
―遙かなる極北の記憶―』(新潮社)

 最新号の特集「戦後日本の『考える人』100人100冊」の1人に選ばれた金関寿夫さんの本『魔法としての言葉 アメリカ・インディアンの口承詩』は、やはり100人の1人に選ばれた写真家・星野道夫さんに少なからぬ影響を与えました。星野さんが生前に発表した最後の写真集『アークティック・オデッセイ』の冒頭は、『魔法としての言葉』からの引用で始まります。
「魔法のことば

 ずっと ずっと 大昔
 人と動物がともにこの世に住んでいたとき
 なりたいと思えば 人が動物になれたし
 動物が人にもなれた
 だから時には人だったり 時には動物だったり
 互いに区別はなかったのだ
 そしてみんながおなじことばをしゃべっていた
 その時ことばは みな魔法のことばで
 人の頭は 不思議な力をもっていた
 ぐうぜん口をついて出たことばが
 不思議な結果をおこすことがあった
 ことばは急に生命をもちだし
 人が望んだことがほんとにおこった
 したいことを ただ口に出して言えばよかった
 なぜ そんなことができたのか
 だれにも説明できなかった
 世界はただ そういうふうになっていたのだ」
 星野さんが繰り返し読み、ほとんど空で覚えていたこの詩は、星野さんが写真と文章によって伝えようとしていたもの、自然と人間のかかわりを神話の言葉によってとらえ直そうとしていた「晩年」の仕事と、かぎりなく重なり合うものがあります。ちょうどその頃、『アークティック・オデッセイ』は発表されたのです。

 星野さんは若くして日本を離れ、アラスカ・フェアバンクスに定住します。アラスカの大自然の懐深くで暮らす人々との交流を深めながら、数々の著作を発表しました。ところが、40歳を過ぎたあたりから、西から吹いてくる風に反応するかのように、アリューシャン列島、シベリア、カムチャッカ半島と、太古の昔にモンゴロイドが旅をした道をさかのぼるかのように、アラスカから日本へと近づいてゆくような仕事に取り組むようになっていったのです。しかし『アークティック・オデッセイ』が発表された約2年後、星野さんはカムチャッカで熊に襲われ、亡くなりました。

 久しぶりに写真集をゆっくりと見直したとき、星野さんのとらえたもの、伝えようとしたものが、そのままの新鮮さで存在し続けていることに、深い感銘をおぼえました。『イニュニック―アラスカの原野を旅する―』(新潮文庫)『旅をする木』(文藝春秋)『ノーザンライツ』(新潮文庫)『森と氷河と鯨―ワタリガラスの伝説を求めて―』(世界文化社)などの著作を、折々に読み返してきましたが、ここに書かれてある言葉が、写真の向こう側から、馴染みのある声とともによみがえってくるような不思議な感覚につつまれました。

 金関さんは星野さんと同じ1996年に亡くなっています。たぶん向こう側で、共通する興味や様々な話題について、飽きることなく話をされているのではないでしょうか。星野さんはこの8月8日で没後10年になります。
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