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檀ふみ『父の縁側、私の書斎』(新潮文庫)8月29日発売

 檀ふみさんと言えばどうしても、NHK「連想ゲーム」の解答者のイメージが消えません。女性チーム「紅組」の牽引役としてかなりの正答率を誇る優等生でした。特に「ことわざ」を答えさせるコーナーにさしかかると俄然目が輝いて、背筋も伸び、キャプテンがヒントを言うそばから「!」という表情に切り替わるのがわかります。キャプテンのヒントを聞いても「?」とぼんやりしているチームメイトに素早く答えを囁き、「せーの」と小さな掛け声もかけ、全員で正解のことわざを唱和します。そのときの生真面目な表情と正解のチャイムが鳴ったときの満足そうな顔からは、女優らしさは蒸発してしまい、檀ふみという人が素のまま出ている感じがありました。

 そもそも檀さんの肩書きである「女優」はいつもどこか仮のもののような気がします(蛇足ながら、私が最初に檀さんを女優として見たのは映画「青春の蹉跌」でした。たしか良家のお嬢さん役としてキャストされていて、萩原健一と主役を演じる桃井かおりのふてぶてしさに較べて損な役回りを演じさせられているのが、ちょっぴり可哀想な感じがしたのを覚えています)。「連想ゲーム」の頃はまだ『火宅の人』檀一雄の娘、という見方が強かったのではないでしょうか。「あのような無頼なお父さんを持って、さぞかし大変だったでしょう」という押しつけがましい同情のようなものは、さすがに言葉としては伝えられなかったでしょうが、言葉ならぬ視線がうんざりするほど浴びせられていたはず。

 しかし本人の意識はだいぶ異なるものだったようです。たとえば、アンソロジー『いまだから書ける父母への手紙』に収録されている檀さんの原稿では、『火宅の人』についての心情をかなり率直に述べています。檀さんは「父」が亡くなってから二十五年後になって初めて『火宅の人』を読み通したらしい。そして『火宅の人』の終わりの部分について、読み終えた直後の感想をこのように書いています。

「人は独りで生まれ、独りで死んでゆく。しかし誰かを愛さずにはいられない。全編をのたうちまわっていたどろどろの哀しみが、ここでゆっくり透明な諦念となる。
 この二十五年間、心のどこかでモヤモヤとよどんでいた空気が、スーッと晴れ上がったような気がした。
 私は、なんて不遜な娘だったのだろう。
『チチがかわいそう』なんて、なんという思い上がりだったろう。
 父は、『火宅の人』を書くことで、自分の人生をみずから完結させたのだ。自分の命が長くないということも、知っていたに違いない。父は書き上げなければならなかった。そして、書き上げた。それは、やはり作家の『執念』だったのだ。
『チチがかわいそう』には、もう一つの思いがあった。私たち家族の存在が、『己れをどえらく解放してみたい』という父の足枷になっていたのではないかという、後ろめたさである。私たちがいなければ、父はもっと自由に生きられたのではないか。
 しかし、子供も妻も、愛人も、行きずりの情事も、仕事も、放埒も、すべてを引きずって、初めて父の人生なのである。これだけ豊かに生きた人に対しては、『かわいそう』ではなくて、『おめでとう』と言うべきである」

 二十五年前であったら、檀さんはこのような感想を抱くことはできなかったでしょう。だからといって、二十五年後であれば、そして檀一雄の子どもであれば誰でも、このような感想を抱くことができたかといえばそれも違うでしょう。檀ふみという「独りの」人間が、二十五年を生きてきた上でなければ、このような言葉は生まれなかったはずです。親子であることは永遠に変わらないにしても、それぞれ独立した一個の人格として、お互いを尊重する立場を獲得していなければ書けない言葉がここに立ち上がっていると感じます。

『父の縁側、私の書斎』の冒頭に収録されている「能古島の家」では、『火宅の人』がベストセラーになる直前の、つまりは亡くなる少し前の檀一雄の様子が描かれています。博多湾のなかに浮かぶ能古島に、なかば衝動的に家を買った檀一雄が、家、あるいは住処というものをどのように欲した人なのかが短い文章のなかで鮮やかに浮かび上がってきます。晩年の檀一雄の横顔をスケッチした文章として、これは最上のものではないかと感じます。感傷的な思い出話にはならず、なるべく具体的であろうとする筆さばきが実に見事です。

「父の家は、船着場から、九十九折になった道をだらだらと上っていったところにあった。白い壁に赤い屋根。玄関のわきにどっしりとしたドラセナという熱帯アフリカ産の木があり、父が枝折り戸にポルトガル語の綴りで書いた、『セニョール・ダン(DÃO)』という文字とあいまって、どことなく異国風な感じがする。だが、なかに入ってみると、普通の日本家屋である。
 小さな箱型の家で、つくりはごくシンプルだった。玄関を開けると、まんなかに廊下が走っていて、右側に、六畳ほどの洋間、父の寝室、茶の間が並んでおり、左側は、六畳か、それよりもう少し小さいくらいの和室、お勝手、床の間つきの八畳となっている。
 素晴らしいのは、その眺めだった。高台にあるので、船着場から海、対岸の博多の街までが一望できるのである。『いいところねえ』、家をひとわたり見回して、私が心からそう言うと、父が愉快そうに笑って頷いた」

 本書は檀一雄を回想するばかりではなく、家というもの、住まいというもの、暮らしというものと、どのように檀ふみさんがつきあってきたのかが様々な具体的なエピソードとともに綴られています。言ってみれば、『火宅の人』の父が亡くなって以降の二十五年間の暮らしの報告であり、それはすなわち亡き父への報告にもなっているのかもしれません。しかし文章はあくまでも湿度が低く、はっきりとしていて、ユーモアがある。潔さをかたちにしたような背筋がピンと伸びている。前向きである。「連想ゲーム」の檀ふみさんの姿がここによみがえり重なってくる気がします。人は変わるけれど、変わらない。そう思わせるものがあるのです。そして誰よりもこの本を読ませてみたいのは、檀一雄さんだ、と思わずにはいられませんでした。
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