Kangaeruhito HTML Mail Magazine 198
 泣きながら登る

 昨日の朝、NHKの「生活ほっとモーニング」という番組で、忘れられないシーンを見ました。この夏休みにちょっと特別な経験をすることになった子どもたちに焦点をあてたドキュメンタリーのタイトルは、「あの夏・いちばん輝いた日 」。番組の冒頭でそのハイライトシーンが流れます。つぎつぎと画面に現れるのは、「子ども」「自然」「きびしい試練」の三点セット。もうこれだけで見始めたら泣けてくるのがわかっていたのですが、いったんテレビの前に座ってしまったら最後、途中で席を立つことはできませんでした(出社する時間も遅くなってしまった)。

 舞台は北海道・知床半島です。毎年夏、地元の羅臼町の小学生(および中学生)の希望者が、5泊6日をかけ、自分たちの暮らす町から知床岬の先端にある灯台まで、ひたすら徒歩で踏破するという、子どもたちにとってはかなりハードな旅。テレビカメラは子どもたちと行動をともにし、旅の一部始終を記録しています。20年以上にわたって続けられている恒例の行事の出発地点は、漁師小屋のある、浜辺には昆布が干してあるような何の変哲もない場所で、人々は仕事の手をいったん休め、「長い旅」に出ようとする子どもたちを手を振って見送ります(このあたりですでにもう、涙腺には黄色信号が点滅)。

 日頃から特別にからだを鍛えている子どもたちではありません。ひと夏の思い出に、地元でも有名な徒歩旅行に挑戦してみようというぐらいの気持ちだったのでしょう。親にすすめられて参加した子もいたようでした。とにかく最初は気楽なハイキングに参加しているようで、明るく、元気です。夏とはいえ知床半島ですから、炎天下というわけでもなく涼しげで、景色も雄大、ため息が出るほど美しい。しかし、旅の時間が経過してゆくにしたがって、だんだんと景色を眺めてはいられなくなってくる。

 この旅は二段階に分かれています。第一段階は、海岸線に沿って20キロほど北上するコース。海岸線は岩場あり、玉石がごろごろしているところあり、ほとんどが普通の運動靴を履いているらしい彼ら彼女らにとって、なかなかの難所が続くのです。丸い石に足をとられて足首をねじってしまったり、転んで尻もちをついたりする子も出てきます。明るい雰囲気は最初だけ。気がつけば声も表情も弱くなり、うつむきながら歩く子どもたちの列にはしだいに悲壮感がただよい始めます。

 そして第二段階。これは全員参加ではなく、第一段階を歩き終えた子どものなかから、自ら参加したいと手をあげた子どもたちで構成する「チャレンジ隊」の旅。ここから先は、食料やキャンプ用具もすべて自分で背負う旅になります。リュックの重さは15キロ。担ぐだけでヨロヨロとする重さです。道のりも厳しい。転落したら命にも関わりそうな崖や岩場がつぎつぎに現れます。サポートする人々がいなければ、とても成立しない状況が続きます。けれどもサポートする大人たちは、できるかぎり自分たちの力で行きなさい、という態度で子どもたちに接しつづけます。「チャレンジ隊」という名は単なる呼び名ではなく、実質的に「挑戦」と言って差し支えないハードな旅なのです。運動靴のなかの足のマメは潰れ、疲れ果てた夜は浜辺の洞窟にそのまま寝袋を敷いて泥のように眠ります。

 最後の難所がさらに凄い。80メートルの高さ、傾斜角度は50度。ほとんど岩登りといっていい厳しい道程をサポートする大人たちは、安全に心を砕きはするものの、安易に手をかしたりせず、子どもたち自身の力で乗り越えさせようとするのです。
 すでに途中で何度も泣きべそをかいていた男の子は、この崖でついに堰を切ったように大声で泣き始めます。崖に垂らされたロープをしっかりと握って登り続けなければ、この状況からはどうにも逃れようがない。その恐怖と限界まで達した疲れが、彼のこころのふたを全開させてしまったのでしょう。泣き声はほとんど叫び声に近い。それでも彼は、泣き叫びながら崖を登り切った――と思ったところ、しかしまだ困難な状況は終わらない。登った者は、降りなければならないのです。次に彼が直面したのは、80メートルの断崖をロープを使って降りていく、という現実でした。その現実を目のあたりにしたとたん、彼はまたさらに大きな泣き声を上げながらロープにしがみつき、そうすることでしかこれは終わらないと頭の片隅であきらめながら、絶壁をつたい降り始めるのです。

 大声で泣き叫ぶ。震えるほどリアルな現実を前にして、泣く。声も嗄れよとばかりに泣き続ける。こんなこと二度とするもんか。なんでこんなところにぼくはいるんだ。なんで誰も助けてくれないんだ。ぼくは死ぬかもしれない。彼のなかではどんな言葉が浮かんでいたのでしょう。それは彼にしかわからないことです。しかし泣き声は本人にも、まわりにいる他人にもはっきりと聞こえ、残っていく。人間が言葉だけで生きているんじゃなくて良かったな。私はとっさにそう感じました。思い切り泣くことで、言葉をこえてはっきりと伝わるものがある。これから彼は、このときの泣き声を、自分のなかにどのように残していくのでしょう。私は彼の、腹の底から湧き出していたあの泣き声を、しばらく忘れないことでしょう。自分の目に浮かんだものをふきながら、彼の汗ばんだ小さな手を想像のなかでしっかりとつかんで、私は握手をしました。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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