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神吉拓郎『たべもの芳名録』(新潮社  絶版)

 体調はまずまずで、仕事もそれなりの量をこなした日には、そば、寿司、うなぎ、のいずれかを無性に食べたくなることがあります。忙しすぎたり元気がなかったりすると、食べたいと思わなくなる。自分にとって大事な食べものは、それなりの元気がないとからだが要求しないのかもしれません。そういうときは、酢醤油をたっぷり吸わせた餃子とか、酢をじゃぶじゃぶかけた中華丼とか、酢豚とか、大陸の食べもの、しかも酢とあわせたものを欲する傾向があります。酢はかけませんが、胡麻汁で辛い坦々麺なども、やや攻撃的な気持ちで食べたくなったりする。なぜだかはわかりません。

 寿司はおいしい寿司だけ食べていればそれに越したことはないのですが、おいしい寿司を食べさせてくれる店は、どんなに気さくな寿司屋でも、こちらに気合いがないと行くことが出来ない微妙な心理的壁がある。だいいちそんな店にひんぱんに行っていたら破産してしまいます。そしていちばん嫌いなのは、中途半端な寿司屋です。値段はおいしい寿司屋の半額ぐらい、でもカウンターの向こうの職人はよくしゃべる。たのんでもいないのにすぐにお吸い物とかをすすめてくる。そういうところは店を出るころには全身でがっかりしていて、うれしそうな顔をした職人の顔に背中を見送られたりすると、なんだか騙されたような、負けたような気分になっている。

 だから私は回転寿司に行くのです。何度かの失敗を経験した末に絞り込んだ回転寿司屋があって、そこへ鼻歌まじりにどんどん出かけてゆく。粉茶を自分でいれ、ガリもたっぷり小皿に盛って、目の前に流れてゆくものにはほとんど目もくれず、向こう側で直接握ってくれる人に注文します。鰺、金華鯖、鰯……前半では集中的に青身の魚を。鰯なんて中途半端な寿司屋よりよっぽど美味しかったりもする。私にとって神聖なネタである小鰭は頼まない。本鮪の赤身があれば頼む。「はい、本鮪赤身お待ち」と皿を渡されて、油断していると解凍が終わっていない赤身が口に入ってしまうこともありますから、くれぐれも用心して。プリンのパッケージがのった皿が右から左へ通り過ぎる様子を眺めながらの寿司も、決して嫌いではありません。

 でもなにかが足らない。食べものってもうちょっと、なにかこう余韻のあるものではなかったか。そういうささやかな疑問が湧いてきて、心理的な「お口直し」として食後に手を伸ばすのがこの『たべもの芳名録』。さきほど食べたばかりの青身の魚についての章、「鰺の味、鯖の味」を読んでみる。神吉さんが放送作家から小説家へと移行する1960年代前半に、葉山町一色に引っ越して釣り三昧の日々を送っていた頃、すなわち神吉さんが三十代後半の時代の話です。地元のお爺さん、お婆さんの魚の見事な食べっぷりが描かれています。
「たとえば、このお婆さんに、平目の煮つけなどを食べさせると、これはまさに芸術である。
 お皿に残るのは、真っ白に輝く骨だけになる。丹念に平げたあげく、伝統に従って骨湯の儀をとりおこなうから、煮汁の一滴さえ、跡を留めない。
 そして、口を拭って、品よく坐っている姿を見ると、今の平目は、どこへ行ってしまったのかと怪しむ程である。完全犯罪という言葉が思わず頭に浮んだりする。女の恐しさは、こういうところに、ちらっと姿を見せるのかもしれない。
 そのお爺さんやお婆さんのような食べかたは、その年輩の人たちの間では、別に珍しいことでもなんでもない。
 どっちかといえば、それが普通だったようで、それに較べると、われわれは、どうもひどく堕落したものである。
 魚の喰いかたなどは、どうでもいいようなものだけれど、仮に、魚一匹満足に毟れずに箸をうろうろさせているのを見ると、それがどんなに優雅な美女であっても、私の年輩の男は、たちまちその美女の内面にある生活の浅さというようなものを嗅ぎ当てた気になってしまう」(「鰺の味、鯖の味」より)
 話はここから湘南の漁師のあいだで闘わされる「鰺自慢」に移っていきます。三浦半島の長井、葉山、小坪、大磯、小田原、真鶴、網代のそれぞれの漁師は、自分のところで取れる鰺が一番ウマい、と主張するらしい。「取材熱心」であったに違いない神吉さんは、それぞれの地域の漁師に「頭の形」や「色」がこのように違う、という当事者ならではの詳細な説明を聞きふんふんと頷くのですが、しかしその説明を丸ごと呑み込んで納得してしまわないところが神吉さんならではのところ。神吉さんは実に「考える人」であったのです。そしてその考え方のスタイルは、文学的想像力というのとはちょっと色合いがちがっている。敢えて言えば幾何学的な、あるいは力学的なものだったのではないか。ここの線をこう引っ張っていけば、ここにつながる、とか、ここをこう押すと、こっち側がへこんできて、へこんだところにこれが落ちていき──というような理屈です。
 ほんとうは「鰺自慢」の顛末は「ぜひ本にあたってみてください」と申し上げたいところですが、なにしろ今は手に入りにくい本になってしまったので(版元なのに他人事のようですみません)、その謎ときのところを引用してしまいます。色川武大、田中小実昌、吉行淳之介などのエッセイ・コレクションを出している「ちくま文庫」あたりが神吉さんのものも再編集して出してくれるとありがたいのですが。
「海岸に住んでいる間、私は、折にふれて、これを思い出していたが、或る日、どうもこれはおかしいなと考え始めた。
 地図を拡げてみると、よく解るが、相模湾が陸地と接するところは、なだらかな円を描いている、その円弧の上に、さっき挙げた漁港が点在している訳で、どの港からも、まっすぐ沖へ向って船を進めれば、相模湾の中央あたりの或る点で、全部が衝突する勘定になる。
(中略)
 しかし、海というのは便利なもので、同じ一点で漁をしていても、そこが、それぞれの自分の漁港の沖合であるという論理に、ちっとも間違いはない。のみならず、同じところで取れた鰺が、港へ帰ってくると、その土地の鰺らしい風貌や味を帯びてくるというのは、まったく不思議なことである。信じて疑わなければ、鰺の顔も変るということなのだろうか」
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