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『谷川俊太郎が聞く 武満徹の素顔』
聞き手・谷川俊太郎(小学館)

 本書は、以前にもこの欄で取り上げた武満徹さんの全集(CD58枚、書籍5巻の構成で全作品を収録した『武満徹全集』小学館)の副産物です。武満徹という希有な作曲家がどのような人々と一緒に仕事をし、ともに暮らし、彼らにどのような表情をみせてきたのか。そのような素朴な関心事を、武満さんのもっとも親しかった友人のひとりである谷川俊太郎さんが柔らかな口調の気安い聞き手となって、各巻でひとりずつ、計五人の関係者から核心にあるものをするすると引き出す連載企画でした。今回は全集刊行時には五人へのインタビューだったものが、単行本化される際にあらたに三人が加わり、武満徹に関心を持つ読者であればどうしても手が伸びてしまう一冊となりました。

 人に話を聞くのはたいへん難しい。何しろ「話す」も「話さない」もその人の自由です。聞き出し方によっては「公式見解」しか喋ってもらえない場合もあれば、無理に聞き出そうとしたわけでもないのに、いちばん聞き出したかった秘密をぽろりと漏らしてくれる場合もある。親しい間柄なら何でも話すのかといえば、そうでもないのが人間の面白いところ。親しいからこそ話したくないこと、話さないでいたこともあるはずです。

 谷川さんが話を聞き出す相手は、みな何らかのかたちで生前の武満さんと濃いつき合いがあった人々ばかり。つまり谷川さんとも当然のことながら面識がある。だから言葉のやりとりは、それこそ谷川さんの詩の表題「夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった」のような雰囲気の、親密なものになってくるのです。谷川さんのキャラクターもあるでしょうが、お互いよく知っている同士が亡くなった友人について語るとなれば、インタビューの格好をしていても自分が個人的に思っていたことを相手に投げかけてみて、自分とはどう違うのか、あるいは同意してもらえるのか探り出す場面も出てくる。本書がこれほど面白いものになったのは、そこに秘密がありそうです。

 谷川さんがこの一冊のなかで、同じ趣旨の質問を、人が替わるたびに変奏曲のように繰り返しているところがあります。作曲家の湯浅譲二さんに谷川さんは「武満がだいぶ年をくってから、「ニュー・ロマンチシズム」とかずいぶん言われていたじゃない。わりときれいなメロディーとかを書き出して。ああいうのはどう思った?」と聞き、坂本龍一さんにも「「ネオ・ロマンチシズム」なんて、悪口言われたりしましたけどね。『波の盆』っていうテレビ・ドラマの音楽はお聴きになりましたか。実に甘美極まりない音楽でね。僕が「お前の音楽の中ではこれが一番いい」なんて言うと、かなり嫌な顔してましたけどね(笑)。だから武満の中には、そういうきれいな音楽があるんだってことが、晩年になってからはっきりしてきましたよね」と聞いています。文壇ならぬ「楽壇」では「ニュー・ロマンチシズム」なるレッテルが武満に対する批判、皮肉であったらしいことが谷川さんの質問の調子から察せられますが、それらの反応に対する谷川さんのある種のこだわりが感じられて、この同じ質問へのそれぞれの人の回答ぶりには膝を乗り出したくなる場面でもあります(答えはそれぞれ違います。ぜひ本書で確かめてください)。

 そして本書のためにあらたに行われたインタビューのなかで、どうしても圧倒的に面白いのは、武満徹さんの長女である武満眞樹さんの章です。見出しだけ引用してみましょう。「父親の職業は嫌だった?」「映画だけは観なさい!」「まじめに生きろよ」「父の仕事について」「徹さんは家庭的な人?」「天秤の棹の長い人」「またのお越しを」。そしてこの面白さは、たんに「娘だからこそ知る父親像」が現れているからではないのです。谷川さんとのやりとりが浮かび上がらせるのは、武満徹と武満眞樹というふたりの人間関係がきわめて親密でありながら、それぞれ個人主義的に自立した立場をとっているところです。ドライな愛情、とでも言えばいいでしょうか。日本の典型的な父娘関係からは、かなり離れたところにふたりが立っている。その面白さ。引用したい誘惑にかられる言葉が続々と出てきますが、全体の流れのなかで読んでいただかないと意図が伝わらない危険性もあるので、あえて引用しないことにしましょう。ぜひ本にあたってみてください。

 そのことに関してさらに言えば、本書の独特の読み応えは、インタビューのまとめ方、書き起こし方にもあるのではないかと思います。話の流れ方、言葉のニュアンス、語調をなるべくそのまま伝えようとするスタイルが貫かれているのです。インタビューや対談はもちろんそのまま書き起こしても現場の魅力は伝わりにくいものです。実際の現場での話はどうしても前後したり脱線したりしますから、活字化する際にはある程度整理する必要があります。字数の制約もあり、内容的にちょっとだれていたり、繰り返しがある場合には要約したり、切り捨てたりもします。本書もある程度はそのような編集がされているでしょうが、しかしインタビューのライブ感をなるべく活かそうとしている気配があるのです。せっかくくだけた感じの話だったのに、整理するうちに取り澄ましたものに変わってしまったり、現場では心の揺れや、心の力点が見えていたのに、それが消えてしまう場合すらあるからです。本書はそのようにならないことを心がけた結果、独特の親密さを醸し出すようになったのだと思います。

 さきほど述べた、谷川さんが繰り返した「ニュー・ロマンチシズム」問題に対応する部分で、武満さんに対する愛情と理解がそのままその人の語調でありありと伝わってくる印象的な部分を最後に引用しておきましょう。相手は小澤征爾さん。この言葉を聞くことができただけでも、本書を読んでよかったと思った、私にとっては感動的といってもいいところでした。そして同時にここは、小澤征爾という音楽家の人間的な魅力、懐の深さを表している部分でもあるのです。

「武満さんが晩年になって少し、何ていうのかな、やわらかくなって、いいメロディー書くようになったのを、他人はわりと悪口言ったのね。僕は当たり前のところに来たと思う。自然になったと思った。(中略)武満さんも、終わりのころは、それから特にオペラ書こうと思って、声をとりいれはじめたり、言葉をいれはじめたりしていたころには、伴奏には複雑なことも入れたけれども、メロディーはこう、すーっと、言ってみれば、お客さんが帰りに少しくらい覚えて帰るようなメロディー。これは僕ね、本音が出たと思うんですよ」
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