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『ひらがな暦―三六六日の絵ことば歳時記―』
絵と文・おーなり由子(新潮社)

 私の同僚が編集した、できたてホヤホヤの本です。絵と文は、「考える人」で「みちくさ絵本」を連載している、おーなり由子さん(……最新号は残念ながら休載でしたが)。
 本の帯というのは、ときに「誇大広告」じみたものがあったり、思い込みが強くて内容がよく伝わってこないことがあります。しかし本書の帯のコピーは間然するところがなく、この本の実質的な魅力をみごとにまとめたものなので(仲間誉めで恐縮です)そのまま引用させてください。

 「日本に暮らす
 しあわせ。

 春の花びら 夏の夕立
 秋の月あかり 冬のひだまり
 一日一ページ、三六六日。

 季節や日々のちいさな物語、
 『今日は何の日?』
 試したくなる旬のレシピ、
 行ってみたくなる各地のお祭、行事、
 身近な草花や、鳥、虫、星座。
 ページを開いたとたん、
 その季節の喜びで満たされていく──
 日々の暮らしが、いとおしくなる本。
 イラスト約1000点!

 付録 旧暦と新暦の話、祭事行事一覧、十年分の二十四節気表つき!」

 どうですか? この本の魅力が具体的に伝わってくるのではないでしょうか。本をぱらぱらとめくってみて、パッと指のとまったところをランダムに読んでみたら、たちまちひきこまれました。自分の誕生日には何が書いてあるんだろ、と確かめてみたり、「へえそうなの?」と声が出るような「豆知識」もたくさん出てくる。ふふふと笑えたり、短篇小説を読んだときのような、じんとするものもある。とにかくたっぷりとしていて、ふところの深い本なのです。

 十一月一日のページ。ベロを出した犬の絵には、こんな本文が並びます。

 「『いぬのべろって、ぬくいで』
 近所の五歳の男の子と、犬の散歩をしていたときのこと。
 あたまをなでようとしたら、犬がつめたくなったその子の指をなめた。
 おどろいて、うれしそうにおしえてくれる。

 ──いぬのべろがあったかい。

 すみれいろの夕ぐれ。
 空気や手足が、どんどんつめたくなっていきます。」

 そして十一月一日が、「ワン、ワン、ワン」で犬の日であること。一七九一年に大黒屋光太夫がロシアから紅茶を贈られたことから紅茶の日にもなっていること、が欄外の註でわかるというしくみにもなっています。

 著者のあとがきの言葉によれば、「これは、四季のある日本で、三六六日を楽しむための私的な歳時記です」とあります。一人の人間の感覚が隅々までゆきわたっていて、その人にしか見えないものがその人の目を通して見えてくる感じ。それが「私的」というものなのだと思います。しかし、だからこそ、「私」は他人につながることができるのだ、と、本書はしみじみと伝えてきます。あとがきには、こんなことも書かれていました。

「数年前、父親が、あとしばらくの命だと聞いた時、窓の外の七月の葉っぱが、突然、透けるようにひかって、一枚ずつが立ちあがって見えて、驚きました。もう、この生いしげる緑の季節を一緒に見ることは、できないんだよ──と、葉っぱが、言うようでした。
 もしも──
 今日一日かぎりで、この世界のすべてにさようならを言わなければならないとしたら、なんでもないと思いこんでいる日常は、もったいないぐらい新鮮で、いとおしい。
 寒い日に、息が、しろくなることも。夏のゆうがたのにおいも。
 流れる水の、まるくなったひかりも。それをさわるときの不思議さも。
 月がのぼることも。太陽が明るいことも。
 美しいものは、やまほど。
 きりなく。
 あたらしい朝は、毎日生まれてきて、あたらしい風は、一瞬ごとにふいている──。」

 仕事に追われているうちに、ぴゅーんとあっという間に通り過ぎてしまう毎日を、ふわりとした空気のような手つきで押しとどめ、その一日にしか現れないかもしれない見過ごせない何かを、手品のように取り出してくれる。おーなりさんの絵と文は、そんな魔法の力をひめています。

 最後に、和綴じ本の風合いを模したブックデザインもすばらしい、と申し添えておきましょう。紙の手触りは(本文紙も表紙カバーも)おーなりさんの絵と文の繊細なやわらかさをそのままかたちにしたようです。なんとなく辛い一日、気の重い一日、不安なときに、繰り返し手に取ることになりそうな本。おーなりさんも編集者も、デザイナーも校閲担当者も、これだけの本を完成させるのはきっと大変だっただろうな、と想像します。お疲れさまでした。いい本になりましたね。
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