Kangaeruhito HTML Mail Magazine 214
 第一期工事

 このところ約一ヶ月、休日出勤が続きました。年末に向けての校了作業がいくつか重なったためです。そんな日曜日の午後、誰もいない本館で原稿を待ちながら仕事をしていたら、予定よりも遅れて届くことが判明し、二、三時間ほど待ち時間がポッカリできてしまったのです。忙中閑あり。会社の近所を散歩するとか、美味しいお茶とお菓子でアフタヌーンなんとか、みたいな気の利いたことを実行に移せない、私は出不精な人間です。

 この時間を使って溜まりに溜まっている領収書を清算するとか、やることはいくらでもあるのに「だったら家で寝てればよかったなー」とぼんやりしてしまい、それでも手はマウスに伸びてインターネット書店で新刊だのCDだのをつれづれにクリック。カートがどんどん重くなっていくばかり。「あー、また買っちゃった」。

「仕方ない。片付けでもするか」。いままで見て見ぬふりを続けてきた本館の自分の机のまわりは、一朝一夕では片付けられない九龍城化したおろそしい状態です。この数年、片付けようと決心したのは何度あったことか。しかしいっぺんにきれいに片付けることを想像すると、私の頭と手はフリーズしてしまう。九龍城は何度となく取り壊し工事の計画だけは立てられているのですが、なかなか実行に移されません。

 いっぺんにきれいに、と考えるからいけないのだ、と頭のなかで誰かを説得するような声が。これは「第一期工事」にすぎない。今回はそこまでやれば充分。東京駅の工事なんかも、臨時の通路とか階段とか作って、人の流れはせき止めず、見事に改築しているではないか。まっさらな更地に新築しようとしたら大変だ。古い現状を維持しつつ上手に直す。これだ。「第一期工事」はじめ! と誰もいない薄暗い出版部の片隅で決意表明をします。

 しかしそれにしても、いったいどこから手をつければいいのか。積年の物件がところ狭しと積み上げられていて、これらのバベルの塔に手をつけたら最後、「いるもの」「いらないもの」の分類を始めるだけで膨大な時間がかかりそうです。それに、分類を始めたら、たとえばひとつの山で済んでいたものが九つにも十にも増えていく。机の上はしばらくの間、今よりももっと目も当てられないようなひどい状態になってしまう。片付けられないのは、始めたら最後、そこには地獄が待っていることを知っているからではなかったか(この悪魔のささやく屁理屈は、ふつうに片付けられる人には到底理解できないでしょうけれど)。

 捨てられない性格が悪いんだよな。入稿から校了にかけて机の上に積み重なってゆくのは、原稿のプリントアウト、レイアウト用紙のコピー、ゲラの控え、といった紙類です。整理が苦手なくせに、不要になったはずのゲラやコピーは、校了になるまでは何となく捨てられない。本当は入手した紙は瞬時に判断をしてファイルに保存する以外のものは即刻資源ゴミ箱行きにすればいいのです。ボレーシュートの要領でしょうか。ドリブルやパスなんかしてるからチャンスを逃してしまう。こうして、机のキーボードが置かれてある部分以外にA4サイズの紙の塔がメキメキと積み上がってゆくのです。

 しかしとにかく手を動かし始めたら、頭のなかでああでもないこうでもないと発言していた連中は静かになってゆき、となりにあるワークデスクに、資源ゴミ箱行きの紙の山がずんずん積み上がります。不要になり外したクリップが机の上にきらきらと溜まってゆく。指先はどんどん薄黒くなり、頭のなかには「これも捨て! これも捨て!」と餅つきの掛け声のようなものが鳴り響きます。

 とにかく膨大な紙ゴミでした。廊下にあるミカン箱四つ分ほどの大きな資源ゴミ箱がたった二時間でいっぱいになってしまいました。付随して現れた燃えないゴミもミカン箱ふたつ分ぐらい。社内便になら使える封筒が厚さ三センチぐらいの束に。

 以上の片付けで、私の本館の机の周辺の整理「第一期工事」は終了しました。片付けは実に気持ちがいい。すがすがしい気分です。善行を成し遂げたような前向きな気持ち。館内放送で伝えたいぐらいです。そして何がどう変わったかといえば、机の左端に追加でつけてもらっていた返却原稿用の二段のキャビネットの抽出が開くようになったこと。それだけです。机の上はほとんど何も変わらない状態。

 年内入稿の作業が今週から始まりました。また積み上がる紙の足音が聞こえてきます。来週の木曜日が仕事納め。仕事納めの日の夕方には外で打ち合わせが入っています。部員同士の「どうぞよいお年を」と頭を下げての挨拶合戦が終わり、ふたたび薄暗くなった本館のうっすらと酒臭い部屋に残って、「第二期工事」にとりかかることにしましょうか。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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