10月4日に発売されたばかりの「考える人」2008年秋号の特集は、「堀江敏幸と歩くパリとその周辺」です。2002年の創刊時から、堀江さんの案内によるフランス特集をいつかお届けしたいと思っていたのですが、6年たっての実現となりました。

まずは、堀江さんがインタビューをなさった二人のベテラン作家をご紹介しましょう。一人は、パリからTGV(フランスの新幹線のようなもの)で西へ二時間半、緑の美しい農村に暮らすジャン=ルー・トラッサール氏です。といっても、この名前をご存知の方は、よほどのフランス文学通だと思います。堀江さんが20年以上愛読してきた作家ですが、邦訳はこれまで一冊もありません。

トラッサール氏は、ブルターニュとノルマンディーの両方にほど近いマイエンヌ県サン・チレール・デュ・メーヌ村の富裕な農家に生まれ、75歳のいまも、生家である広壮な館にひとりで暮らしています。身体の一部のようになじんだこの土地で、田園の静けさ、土のにおい、小川のせせらぎの音、火の神秘、花や木々、小鳥やけものたちの姿を刻むように書きつづけてきました。

堀江さんによる訪問記「狼と虎のいるところ」から少し引用します。

時間を呼び覚ます。それが、トラッサールの文学の魅力のひとつだ。しかも過去の時間は、屋内だけではなく、家をとりまく敷地全体に眠っている。私たちもそれになんとか触れてみたいと、食後、裏庭を見せていただくことにした。玄関ホールの右手に、プレイエルのミニグランドピアノやシンプルな樫材のテーブルが置かれている居間があり、そこから庭のテラスに出られるようになっている。二段がまえで低くなっていく裏庭は、魔法の空間、いや、魔法に掛けられそうな空間だった。

菩提樹の甘くふくよかな匂いがあたりを覆う裏庭を歩きながら(取材は6月下旬に行われました)、前庭に面した食堂でトラッサール氏心づくしの昼食をいただきながら(二日間コトコト煮こんだラタトゥイユもありました)、堀江さんは、この作家の懐ふかく分けいってゆきます。ガリマール社から翻訳刊行されている堀江さんの『熊の敷石』(Le Pav? de l'ours)を取り寄せて読んでいたトラッサール氏のほうも、その作品世界に大いに共感を感じた様子でした。敬意と愛情にみちた訪問記「狼と虎のいるところ」をぜひごらんください。

住まいを訪ねたもう一人の作家は、ゴンクール賞受賞作『魔王』などで日本でもよく知られるフランス文学界の重鎮、ミシェル・トゥルニエ氏。84歳のこの老大家については、次回あらためてご紹介させていただきます。