Kangaeruhito HTML Mail Magazine 223
 駐車場の物陰で

 土日の休みが明けて出勤し、コンピュータを起動してメールをチェックするのが最初の仕事です。受信メールの数は200から300。そのうち仕事に関係のあるメールは多くても10から20。受信メール全体の9割ほどがいわゆるジャンク・メールです。表題と送信者名をザーッと眺めわたし、シフト・キーを使って5通ずつぐらいまとめてゴミ箱へ送り込みます。どんどん消してゆく。そして残ったメールを数えれば、たいした数ではありません。しかし、この作業にかかる時間は、なかなか馬鹿にならない。

 そもそも私は「取り扱い説明書」を読まない(読めない)男なので、コンピュータのメール・ソフトの機能もおそらく9割がた使っていないのだと思います。それでも去年の春頃、ジャンク・メールにほとほと嫌気がさし、送られてくるジャンク・メールの「送信者を禁止する」機能とか、メールの表題や本文にキーワードを設定し(──このキーワードを設定するときの作業には、何とも言えない情けなさがあります)、設定したキーワードが含まれているメールは自動的にゴミ箱行きにするとか、いくつかの方法を試してみました。

 しかし敵もさるもの。さまざまな知恵とテクノロジー(?)を使ってなんとかしてメールを送りつけようとします。そのような初歩的な防衛手段などたやすく突破、クリアされ、またもとのジャンク・メールの山。この半年ほどで山の頂はどんどん高くなってきています。もう打つ手なしと諦めて、ひたすら削除してゆくローテク対策でのぞんでいます。

 それにしてもいったいどこからやってくるのか。ジャンク・メールの山のうち、7割はアメリカからのもの(……らしい。よく調べればわかるのかもしれませんが、手紙とはちがって、ジャンク・メールは一目見てどの国からやってきたのか私には判別がつきません)。しかしたいていは、高級腕時計、男性用の医薬品、コンピュータ・ソフトなどが「安く買える」と訴えています。その一方で日本語で送られてくるメールは、物品購買系は案外少ない。もっぱら「女性との交際」を誘うもの。しかし、どうしてまた自分のメールアドレスが先方に伝わったのか?

 ウィルス対策のソフトは日々刻々と更新しています。だから私がオロオロせずとも、コンピュータがウィルスに侵されてしまったことは幸い一度もありません。ウィルスと違ってジャンク・メールがクセモノなのは、ただ情報を送りつけてくるだけ、というところです。メールが送られてくることによる実質的「被害」は、ゴミ箱に入れる作業に時間がかかることぐらいで、もっと具体的な被害をこうむるとすれば、それらのメールに返信をしたりするような本人の能動的な行為が介在しないかぎり何も始まらない。郵便ポストに届くダイレクト・メールと本質的な違いはありません。つまり、水際作戦的にジャンク・メールを退治するのはかなり難しいと言えそうです。

 でもなあ。これだけ来るということは、需要と供給の原理からすれば利用している人がそれなりにいる、ということなるはず。そう考えると本当に不思議です。どう考えたってあまりにもリスクが高い。それでもなお物品を購入しようとする人がいて、女性と出会いたいという人がいる、ということです。どんな危険が、詐欺行為が待っているかもしれないというのに。

 最近、ジャンク・メールで感心しているのは、ちょっと変な表題がついてくるようになったことです。たとえば……「駐車場の物陰で」とか、「アヒルのもうひとつの意味」とか、「お忘れでしょうが小学校5年の遠足のとき」というようなもの。メールアドレスを見ればジャンク・メールだとわかっていても、なんとなく表題に惹かれて本文を開いて見てしまうことになります。しかし、表題のセンスはそこまでで、残念ながら本文はお決まりの体裁と内容。本文だってもっと工夫すれば、さらに読ませることだってできそうなものなのに。詰めが甘いなあ。

 タイトルというものは強い。これがジャンク・メールから学んだことのひとつです。短い言葉だからこそ、何かを喚起できる力がふくまれる。それにしても、最近目に付くようになったこれらの奇妙な表題は、いったい誰がどんな顔をして考えているのでしょうか。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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