Kangaeruhito HTML Mail Magazine 225
 本棚じろじろ

 今日は朝から表紙の撮影でした。次号の特集「短篇小説を読もう」は従来どおり、ジャン=ジャック・サンペさんのイラストレーションがふさわしいと思っていたのですが(2004年冬号の読書特集にあわせたサンペさんの表紙は、私の気に入っているもののひとつです)、突然、「小説好きの人を想定して、その人の家の本棚をつくり写真に撮って表紙に使うのはどうか」と思いたち、次号も小津安二郎特集の表紙に続いて「写真」ということになりました。

 人の本棚というものは、もし許されるのなら、じっくりと眺めていたい誘惑に駆られるもののひとつです。つまり逆に言えば、あまり他人にじろじろと見られたくないもの、かもしれません。編集という仕事柄、小説家の本棚を見る機会に恵まれる場合もありますが、しかし「それではちょっと拝見いたします」と言って時間をかけて丹念に見たことは一度もありません。いつも「本棚見たい欲」は満たされることなく不完全燃焼のまま、お宅を失礼することばかりです。

 小説家には「見られたくない」という気持ち以外にも、ものを書くときのさまたげになるから見たくない、という場合もあるようです。吉行淳之介さんは、たしか目に見えるところには本を並べていらっしゃらなかったのではないかと思います。新刊書店の並んでいる書店に行くと、どんな本が出ているかなとわくわくする気持ちになると同時に、こちらの体調や気分によっては、なんとなく圧倒されてぐったりするときもありますから、吉行さんの本棚についての姿勢はよくわかるような気がします。

 撮影用の本棚は、「考える人」の編集部の作業テーブルが置かれてある、出版部のいちばん奥の本棚を使うことにしました。ふだんは、校閲済みの原稿や著者校正の控え、控えゲラ、初校ゲラを箱に入れて並べている本棚です。新潮社の本館は何度か改築されていますので正確な年代は不明ですが、おそらく1970年よりも前、60年代に作りつけられた木製の本棚ではないかと思われます。無骨な実用本位のつくりで、経年変化による茶渋色の味あり、ここで撮影すればいいじゃないか、と思ったのです。

 本棚は、今回の特集担当のSさんと私がそれぞれ自宅から本を持ち寄ってつくる、ということになりました。本棚の5~6段分をつくらねばならないので本の量はかなりのものになります。数日をかけて本棚用の本を持ち込んで、とにかく最初はどんどん棚に並べていきました。本はCDなどと違って判型も紙質もデザインもばらばらですから、単に並べているとごちゃごちゃしているだけ、ということになります。かといって、シリーズものをきれいに揃えてしまうとそこだけ妙に目立ってしまうし、日本人作家のものと翻訳ものが入り乱れているのも妙な感じがする。本棚づくりはなかなか難しい。

 その作業中に現れたもうひとりのSさん。彼はひとりでイスラム特集の全ページを担当した編集者で、たいへんな濫読家でもあります。ふだんはそういう顔もそぶりも見せませんが、実は大学時代、かなり翻訳文学を読み込んでいたという「身元」も割り出されている存在。手ごわい人の登場です。「お! これは何ですか? へえー、そうですか。なるほど。どれどれ……どんな本が並んでいるのか、チェックさせてもらいましょうか? へへへへー」とうれしそうに腕組みして本棚をじろじろ見始めます。うわー。私はいたたまれなくなってその場を立ち去りました。

 どんな表紙になるのかと試しの撮影をし、レイアウトもしてもらって、それを見ながらデザイナーの島田さんとも相談した結果、「あまり几帳面な性格ではない、短篇小説愛好家の本棚」という設定で最終的な本棚づくりに入りました。白っぽい背表紙がかたまりにならないようにとか、「○○さんの隣に○○さんがならぶのはいい感じですね」と内輪で悦に入ったりとか、さまざまな試行錯誤を経て、しかしかなりいい加減な感じで、今朝やっと本棚は完成し、やはり小説好きの写真部のカメラマンHさんに撮影してもらいました。

 まだほとんど誰も出社していない出版部の片隅で、無事撮影は終わりました。お疲れ様とカメラマンのHさんに声をかけて、機材の片付けが終わったところ、Hさんはなかなか立ち去ろうとしません。気がつけば、撮影を終えた本棚の背表紙をじーっと眺めています。やっぱり彼も本好きなんだなあ。本棚の誘引力はたいしたものです。特集担当者(および私)の趣味が微妙に滲み出ているかもしれない表紙の写真を、ぜひ4月4日発売の最新号でご覧ください。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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