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THE OXFORD DICTIONARY OF QUOTATIONS
(OXFORD UNIVERSITY PRESS)

 先週から入稿と校了の長いトンネルに突入し、今回は取り上げる本が思い浮かばないまま締め切り日となり、万策尽きたと思っていたところ、目の前の書棚にある厚さ6センチを超えるこの辞書、『オクスフォード引用句辞典』が目に入りました。

 タイトルのとおり、古今東西の文献からしばしば引用されることのある有名なフレーズや文章を集めて、出典を明らかにしながら収録している辞典です。巻末の「さくいん」を含まずに全755ページある本文のうち、たとえば聖書からの引用は40ページ、シェイクスピアの作品からの引用は72ページにわたります。さすがに強しシェイクスピア。

「さくいん」を使えば、「Love」とか「Snow」とか「Flower」などの単語から文章を探し出すこともできます。「Death」や「Life」よりも「Love」のほうが件数が多いのは、なるほど英語圏ならではの結果で納得です。これぐらいの規模で日本語による引用句辞典が作られることがあるとすれば、「愛」を含む引用は、「死」や「生」の割合にくらべてだいぶ見劣りすることは間違いありません。

 正直言って、頻繁に手が伸びる辞典ではありません。では何故わざわざこんな大辞典を買ったのかと言えば、以下の話を聞いたことがきっかけだったと思います。
 
 ──イギリスの劇作家ジョージ・バーナード・ショーが、自分の戯曲による舞台初日にウィンストン・チャーチルを招待した。第二次世界大戦よりも前の時代ですから、チャーチルはまだ首相ではありませんでした。ジョージ・バーナード・ショーは招待の文面にこう書きました。「貴殿とあなたの友だちをご招待いたします。もし、あなたに友だちがいるのなら」

 チャーチルからジョージ・バーナード・ショーへの返事はこうです。「残念ながら初日にはうかがえません。二日目だと都合がつきます。しかし、公演がそこまで続いていたなら、ですが」

 チャーチルにまつわるエピソードはもうひとつ聞きました。ある伯爵夫人とチャーチルが対面したとき、伯爵夫人はこんな辛辣な言葉を投げかけたそうです。「失礼ですけど、あなたが私の夫だったら、私はあなたに毒を盛るでしょうね」。すかさずチャーチルは切り返します。「失礼ながら、あなたが私の妻だとしたら、私はその盛られた毒を迷わずに飲み干しますな」

 ふたつのエピソードを教えてくれたイギリス人に、「こういう有名なフレーズは、辞典に収録されているんだよ」と見せてもらったのが、ぶ厚い引用句辞典でした。それはだいぶ古いもので、オクスフォード版だったかどうかの記憶が曖昧なのですが、それまでそのような辞典の存在を知らなかったこともあり(ちなみに私は英文科卒業です。ろくに勉強していなかったことがバレますね)、社会人となっていた私はいそいそと洋書店に足を運び、当時の値段で8620円もするこの辞典を買ったのです。

 ところが……。今これを書きながら、チャーチルやバーナード・ショーの項目にあたっているのですが、該当するものが出てこない。おかしいな。いや実は、引用句辞典は様々なバージョンがあって、現代版とか政治版、ユーモア版、文学版などもあり、ひょっとすると現代版のなかに収録されているのかもしれません。すみません。ご興味のある方は、書店で確認してみてください(締め切りぎりぎりで書くと、こういう失態を招くのですね)。

 ちなみに本辞典で、ワーズワースの項目を引くと、1807年にワーズワースが書いた詩に“Plain living and high thinking are no more”という一節があることがわかります。ワーズワースは聖書やシェイクスピアにはもちろんおよびませんが、6ページ近くにわたって引用されているので、なかなかの占有率です。そういえば「考える人」創刊の準備の頃に、ワーズワースのこの言葉を本誌の惹句として使わせてもらおうと思いたち、この辞典で念のために確かめたことをいま思い出しました。
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