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H・C・アンデルセン 原作
赤木かん子 文 高野文子 ペーパークラフト
『火打ち箱』(フェリシモ出版)

 子どものころたしかに読んで忘れられないけれど、誰が書いたのかも、どんな題名なのかもわからない、いつかもう一度読みたいと思いながら、いつまでたっても見つけられず、だんだんと、そんな本、そんな話が本当にあったのかすら定かでなくなってくる――という経験をお持ちの方は案外と多いのではないでしょうか。

 赤木かん子さんはあやふやな記憶の切れ端からその本を探しだしてくれる「本の探偵」です。アンデルセンの『火打ち箱』は、赤木さんによると、「数あるアンデルセンの物語のなかでも、五本の指に入るほど探偵依頼がくる話です。みなさんが覚えているのは、『目玉が大きな三びきの犬』のことなのに、題名は『火打ち箱』なので、なかなか見つけられないのです」

 なるほど。私がこの本をみつけたのは、「考える人」の校了さなかのことでした。写真集や画集の並ぶコーナーをぶらぶらしていると、鋼青色のカバー、『火打ち箱』という黄色いタイトル文字、さらにちょっと懐かしいような朱赤の効いた本が平台にあって、思わず吸い寄せられました。

「目玉が茶碗くらいある犬と塔くらいある犬と水車くらいある犬」がでてくる話。子どものころ読んだことはありませんでしたが、そんなけったいな話ならぜひ読みたい。しかもよく見ると、カバーには、「高野文子 ペーパークラフト」の文字があるではないですか。『黄色い本――ジャック・チボーという名の友人』の、あの高野文子さんです。

『火打ち箱』はアンデルセン全集には入っているものの、1冊の新しい絵本として読者に手渡したいと思った赤木かん子さんが再話を担当。それにしてもいったい水車ほど大きな目玉の犬なんて、どうやって描いてもらえばいいんだろうと思案していたところ、高野文子さんが、「あら、あたしそれやりたい」「どうやって?」「うふふ、思いついたことがあるのよ」という具合にできあがった本なのだそうです。

 長嶋有さんの『タンノイのエジンバラ』の単行本のカバーで、高野さんのペーパークラフト風の立体画を見て、おもしろいことなさるなあ、と思っていましたが、ぜんぶが三次元の高野さんの絵本なんて、それだけでもう有頂天です。

『火打ち箱』(『火打ち石』と訳されている場合もあります)の話をかいつまんでいうと――戦争から帰ってきた兵隊さんが、道の途中で魔法使いのおばあさんに会い、この木のうろにもぐっていけば、ほしいだけのお金をもらえると教えられる。銅貨、銀貨、金貨がざくざくの三つの部屋にはそれぞれものすごく目玉の大きな犬がいるが、こわがらなくていい、わしのこの青い前かけにのせればおとなしくなる、だから好きなだけお金をとってこい。そしてわしには、ばあさんの忘れた古い火打ち箱をとってきておくれ。
 このあと兵隊は、欲をかいて火打ち箱まで我がものとし(魔法使いの首をちょんぎって)、けれど天罰など下らず、やがて犬たちに助けられ、おひめさまと結婚します。「ご婚礼のお祝いは一週間つづきましたが、そのあいだ三びきの犬は、お祝いのテーブルについて、大きな目玉をぐりぐりさせていた、ということです」こわいような、おかしいような、奇妙な話なのです。

 高野さんのペーパークラフトは、撮影もご自身とのこと。あとがきのページに、どんなふうに撮影したかが図解されています。ゴミ箱にさした木刀にライトをくっつけ、タンスの引き出しに挟んだ板にカメラを固定し……とご自身の茶の間(?)をむりやりスタジオ化した様子がみてとれます。
 でも『火打ち箱』のペーパークラフトは、高野さんがご自分でこうして撮影されて初めて、完成と相成ったのではないかと思われます。紙に書かれた黒い線画、それに切り込みが入れられ、立体的に立ち上げられ、そこにさらに、ライティングによる光と影がくっきりと映しこまれることで、奥行きも湿り気もある、独特の空間がつくりだされていく。ローテクならではの、あったかさやおもしろさもそこにはあります。

 魔法使いの教えてくれた部屋におそるおそる入っていこうとする兵隊の忍び足。その細いからだの影が壁にのびて、なんとはなしに不穏さがかもしだされ、ちょっとちょっともう少し注意おし、と声をかけたくなります。さらに、3匹の犬がおひめさまと結ばれようとする兵隊のために、お城の邪魔ものたちをくわえて頭上高くほうりあげるシーン。この見開きのペーパークラフトは圧巻です。読み手は自分が豆粒くらいに縮んで、何層もある高い天井をみあげているような気分に襲われます。

「考える人」の校了にあれこれ仕事が重なって息もたえだえでしたが、『火打ち箱』のおかげで、ちょっとした旅ができました。終わらない仕事はありません。ちょうど1週間前、春号はぶじ校了になり、あとは来週の発行日を待つばかりです。(本日は、休暇中の松家に代わって編集部のSが担当しました)
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