Kangaeruhito HTML Mail Magazine 237
 やられた!

 去る5月15日、愛媛県松山市に中村好文さんの設計による「伊丹十三記念館」がオープンしました。東京の家を朝に出て、羽田から飛行機に乗り松山空港へ、そしてタクシーで20分ぐらいで昼前にはもう伊丹十三記念館に着いてしまいます。四国の松山、と聞くとずいぶん遠い印象があったのに(松山のみなさん、ごめんなさい)、行ってみれば案外近いのでびっくり。

 空港から乗ったタクシーの運転手さんは「伊丹記念館にお願いします」と言うだけで、「はいはい。いよいよオープンですね」と笑顔の返事をかえしてくれました。地元でもだいぶ話題になっているらしい。「だんだん建物ができあがっていくのをね、クルマ走らせながら見てましたから」。たしかに伊丹十三記念館は松山市内の国道33号線沿いに建てられていて、実によく目立ちます。

 建物の外壁は「焼き杉板」を使ったという板張り。真っ黒な外観はゴテゴテしたところのない、シンプルで凛とした顔つきです。しかも外壁に見える窓がかなり小さめなので、中にはいったい何があるんだろうと、いやが上にも期待がふくらむたたずまいになっている。小さい頃、はじめて映画館に入ったとき、真っ暗な館内を「夜の屋外」だと勘違いして上空を見上げ星をさがしたことがあるのですが、そのときの黒のイメージを呼び覚ますような、親密で濃い「映画的な黒」にも見えてきます。

 建物へのアプローチは石畳。その石畳のゆるやかな坂をおりてゆくと入り口です。建物全体が地面のレベルよりも少し沈み込んだようになっている。なるほどそうなっていたのか。どっしりとかなり大きな黒いかたまりなのに、威圧感がなく、不思議な安定感があるように感じられたのは、こんなさりげない仕掛けにもよるものだったのかもしれません。

 建物のなかに入ってまっさきに目を見張ったのは、黒い建物の中央部分にある長方形の中庭です。ガラスを通して見える中庭は、よく晴れた日だったこともあり、緑がまぶしいほどでした。ここで伊丹十三記念館の全体が、中庭という空洞をもつ四角いドーナッツ状の建物であることが一望できます。入り口を入ってすぐの右側には、受付と常設展示の入り口があるので、入館者は反時計回りにこの回廊状の建物をめぐるらしい、ということも視覚的に納得させられるわけです。

 常設展示は伊丹十三の名前にちなんで、伊丹十三の「十三の顔」を見てゆく構成になっています。その十三の顔とは、「池内岳彦」「音楽愛好家」「商業デザイナー」「俳優」「エッセイスト」「イラストレーター」「料理通」「乗り物マニア」「テレビマン」「猫好き」「精神分析啓蒙家」「CM作家」「映画監督」。多彩な才能にあふれていた伊丹さんのそれぞれの顔をテーマに、ゆかりの品々が展示されているのです。この「品々」に、実はびっくり。かつて『伊丹十三の本』(新潮社)を編集した際に、世田谷や湯河原の自邸で撮影させていただいた品々に加えて、さらにその後「発掘」されたものが惜しみなく展示されている。「え? これも出てきたの!」と声が出そうなものまで、次から次へと……。

 私が思わず声を出してしまったのは、『ヨーロッパ退屈日記』(新潮文庫)に掲載されている伊丹さんのイラストレーションで見ていたヨーロッパ土産の、その現物が展示コーナーに並んでいるのを見たときでした。ちなみにそれは例えばこれとこれです。

 

『ヨーロッパ退屈日記』(新潮文庫 それぞれ34ページと80ページより)

 原著は1965年に刊行されています。40年以上前に、伊丹さんが愛用していたモノが、昨日まで使っていたような風情で「料理通」のコーナーに展示されている! さらに、『再び女たちよ!』(新潮文庫)の頃、雑誌連載では読むことができたものの、単行本化されるときには伊丹さんの判断で収録を見合わせたらしいエッセイに添えられていたイラストレーションで見ていたもの、たとえば黒田辰秋のお椀とか、急須とかの現物まで並んでいる。『伊丹十三の本』のなかで単行本未収録作品を掲載したページに、そのイラストレーションが載っています。

 

『伊丹十三の本』(新潮社 それぞれ141ページと149ページより)

 やられたなー。伊丹十三フリークを自認する中村好文さんが、記念館の設計ばかりではなく展示構成まですべて請け負ったということが、こういうディテールに現れているんですね。伊丹さんのエッセイにどっぷりとはまったことのある人ならば、思わず唸ってしまうような品々が、他のコーナーにも並んでいます。中村好文さんの「どうですか? すごいでしょ?」という表情まで浮かんでくるようなものばかり。編集者としてはちょっと悔しいような、そして愛読者としては「よくぞ見つけてくださった。ありがたい」と手を合わせたくなるような、そんな気持ちになりました。

 併設されているカフェのことや、約8万点あるという伊丹さんの遺品の収蔵庫のことなどについては、またいずれどこかで触れることにして、最後に(伊丹十三フリークにとっては)とっておきの情報を。『ヨーロッパ退屈日記』のカバーにも描かれている伊丹さんの愛用していたイギリス・ブリッグの傘がミュージアムショップで販売されているのです。注文販売なのですが、どうしてこんなことまでできたのか。ショップの方に聞いたところ、「イギリスの製造元までたどって、中村さんが輸入販売の交渉をして実現したそうです」とのご返事。うーん。またしても、やられたなあ。値札を見ると、ふだんだったら逡巡する価格なのですが……もちろんその場で予約してしまいました。

 ……いやいや、ひとりで興奮ばかりもしていられません。「考える人」編集部の編集による伊丹本の第二弾、『伊丹十三の映画』の宣伝もしなければ。『伊丹十三の本』の編集の際にも獅子奮迅の活躍をした編集部のKくんが中心になり、「伊丹組」のスタッフ、俳優に徹底インタビュー取材した、伊丹映画の知られざる舞台裏をドキュメントで伝える「熱い本」です。ぜひこちらも手にとってくださいますよう。

(伊丹十三記念館
http://itami-kinenkan.jp/index.html)

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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