フランスといって連想するのは、「アール・ド・ヴィーブル」、すなわち「生きかたの芸術」、「暮らしの技法」という言葉です。うまく訳すのは難しいけれど、フランス人といえば、自分にはなにが必要で、なにを優先すれば幸福であるかをちゃんとわかっている人たち、人生を深く味わうことに長けた人たちという印象があります。見方を変えれば、どこまでも個人主義的、つまり人は人、自分は自分であることを恐れない人たちともいえそうです。

家族の関係においても、それは例外ではありません。1968年の「五月革命」以降、「男女」が結婚し、数人の子どもをもうけ、どちらかが亡くなるまで添い遂げる、といった従来の家族形態は大きく様変わりしました。「市民の連帯契約」という名の新しい「結婚」の登場、そしてパリなどの大都市では約半数が離婚するという現実のなか、家族は状況に応じて、新しく組み立てなおされてゆきます。

今回の特集では、パリに暮らす二つの家族にそれぞれの「アール・ド・ヴィーブル」について伺いました。聞き手は、在仏30数年の飛幡祐規(たかはた・ゆうき)さん。飛幡さんは18歳でフランスに留学してから、そのほとんどをパリに暮らし、フランス人の夫と中学生の息子さんの3人で、いまもパリにお住まいです。これまで、『ふだん着のパリ案内』(1991、晶文社)から『それでも住みたいフランス』(2007、新潮社)まで、フランス社会のリアルな現在について、暮らしのなかの等身大のフランス人の姿を生き生きと伝える本を何冊も発表なさっています。

その飛幡さんが訪ねた一つめの家族は、パリではめずらしい小さな一軒家に暮らす、夫婦と子ども3人のむつまじい一家です。フランス人のオレリーさん、ベトナム移民二世のフィ=アンさんは、2年間の同居を経て、この特集の取材中、緑の美しい6月に結婚したばかり。フィ=アンさんと前妻のあいだに生まれた3人の子どもたちとの5人家族です。8歳、5歳、3歳のきょうだいは、オレリーさん夫婦と、実の母親とのあいだを往復しながら成長しています。妻のオレリーさんは出版社勤務、夫のフィ=アンさんは翻訳エージェントという仕事がら、お宅には本があふれ、子どもたちも大の本好きです。

子ども時代、海外で暮らしたオレリーさんは、「わたしにとっていちばん大切なのは、人と人との交流です。仲のいい友だちや親戚も含めて、心の結びついた大きな一族がわたしにとっての家族です」と語っています。そのことばを裏づけるように、区役所(といっても19世紀に建てられた威厳ある建物で、結婚式を執り行う広間も荘厳な「結婚の間」)での結婚式にも、そのあと自宅の小さな庭で行なわれたパーティにも、友人や親戚がぎゅうぎゅうにつめかけ、夜遅くまでふたりの結婚を祝福していました。

30歳になるやならずの年齢で、いきなり3人の連れ子の母になったオレリーさんの選択と、その広やかな人生観。ベトナムから移民した医師の両親のもとフランスで生まれたフィ=アンさんの家族観とその穏やかな人柄を、飛幡祐規さんのインタビューでぜひお読みいただければと思います。

もうひとつの家族は、小さなアパルトマンに暮らす4人の一家。このセシールさん、フィリップさん一家については、次回ご紹介しましょう。