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『E.G.ASPLUND アスプルンドの建築 1885-1940』
写真=吉村行雄 文=川島洋一(TOTO出版)

 連日暑い日が続いています。遅くまで残業をした帰途、会社の隣にあるお屋敷の大木からセミが威勢良くガーシガシガシガシと谷岡ヤスジのマンガのように鳴いているのが聞こえてきます。記憶をたどると、入社した二十数年前には夜中にセミが鳴く、などということはなかったような気がするのですが、ここ四、五年はそれも珍しいものではなくなりました。

 今朝の7時半のラジオニュースを聴いていたら、「すでに東京・大手町は、この時刻で29・5度まで気温が上がっています」と言っていました。「心頭滅却すれば火もまた涼し」と念じてもとてもおよばない、やがて何の役にも立たない「あー暑い」という言葉ばかりが漏れ出してしまいます。そんなときこそ、この本がありがたい。いつも会社の机に辞典類と一緒に並べてあるのは、私の精神的エアコンディショナーにもなっているからなのです。

 スウェーデンの建築家、エーリック・グンナール・アスプルンドは、「考える人」の連載執筆陣のひとり、中村好文さんの著書『意中の建築』の上巻に「ストックホルム市立図書館」が、下巻に「森の火葬場」が詳しく紹介されていますから、ご存じの方も少なくないのではと思います。

 ル・コルビジュエと同世代、しかしおそらくアスプルンドは、職人的で寡黙な建築家であったがゆえに、はなやかな人脈を生かし次々と仕事を獲得してゆく、というタイプではなかったようです。本書には、スウェーデン国立建築博物館学芸部長のクリスティーナ・エングフォーシュさんによって、在りし日のアスプルンドの知られざる横顔を、元所員、学生、仕事仲間に聞き取り取材した興味深い原稿が収録されていますが、そこからも、仕事一筋、頑固一徹、ちょっととっつきにくい、しかし建築には真剣に、しつこいぐらい細心に取り組んでいた、渋い深みのある人柄がつたわってきます。

 そのような人柄から、このような建築が生まれてくるのが実に面白いところ。時間をかけて丁寧に撮影されている本書のカラー写真をじっくり見ていると、エーリック・グンナール・アスプルンドの生み出した建築が持っている、やわらかい曲線のようなものがしみじみと感得されてゆきます。それは時間の流れや、人の話し声や、空気の流れ方、人の歩き方、といったものが、近代的なビルを性格づける容赦ない直線では受け止めきれない「ゆらぎ」によって支えられているのだと、体験的に知りつくしていた人だけが描き出せる「人間的なもの」なのです。それは「やさしさ」と言い換えられるものでもあるでしょう。

 代表作である「森の火葬場」や「ストックホルム市立図書館」がいかに素晴らしいか──建築そのものの魅力については、ぜひ『意中の建築』をお読みいただければと思います。本書では、アスプルンドの建築に惚れ込んで、十数年をかけてこつこつと撮影を続けてきた吉村行雄さん(本書が刊行されたときは、竹中工務店の設計本部勤務でいらしたようです)のカラー写真をたっぷりと味わっていただきたい。アスプルンドが設計した学校、裁判所、国立バクテリア研究所なども実に素晴らしい。吉村さんは本書のなかでアスプルンドの魅力をこのように書いています。

「アスプルンドの作品は住宅、学校、礼拝堂、図書館と用途が違っていても、その場に居ると気持ちが安らぎ、長くその場に居たくなる。五感を総動員すると空間は、私の身体感覚に訴えかけてくる。(中略)それにしてもこの居心地の良さはどこからくるのだろうか。私はなんとかして居心地の良い空間を撮りたいと思った」(本書「序」より)

「居心地の良さ──撮れてます撮れてます」と吉村さんにはぜひ申し上げたい。「森の火葬場」の写真を見ていると(表紙カバーは、門から火葬場へと向かう長い長いアプローチを撮ったもの)、北欧のひんやりと乾いた空気のなかを実際に歩いているような気分になりますし、「ストックホルム市立図書館」の夢のように美しい三層の書架からは、なつかしい本の匂いが舞い降りてくるかのようです。

 脳みそのなかまで熱帯夜状態になっているとき、この本の頁をぱらぱらとめくっているだけで、頭のなかに涼やかな風がわたってきます。時間の流れも、ゆっくりと遅くなる。あわただしくしている自分がなんだか貧乏くさいものに思えてくるのです。表紙カバーを外してしまえば、いまどき珍しいクロス装。その若草色がうつくしい。手触りまでふくめて、隅から隅まで愛情のゆきわたった見事な本だと思います。
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