Kangaeruhito HTML Mail Magazine 257
 オーナー企業

 防衛省の前事務次官をめぐる報道をみていると、国家公務員の不祥事はいつも同じパターンでまったく意外性がありません。そして、私がそれに対して抱く、極めて個人的な感想もまた、いつも同じです。「国家公務員の給料がそもそも安すぎるのではないか」。天下りにしても接待にしても、労働(国家国民への奉仕、と言い換えてもかまいません)への対価がどこか割に合わないので、得べかりしものを他の方法で回収したいという潜在的な意識が国家公務員には生まれやすいのではないか。

「出張費の架空請求とか、使途不明金とか報道してますけど、われわれの会社は私企業でよかったですねー。資料で買う本にしても、接待にしても、出張費、交通費の精算にしても……ねえ(笑)」とは私の同僚の冗談まじりのセリフです。口を濁してはいますが、彼の言いたいことはわかります。

 オーナー企業で、株式を公開しているわけでもない、誰に対する「責任」を持って働いているのかが今ひとつ明確になりにくい私企業では(読者のため、作家のため、という言い方はもちろんありますが、そういった「責任」とは、また別の次元の話です)、起こりうる小さな悪事にブレーキをかけるのは、個人のモラルか会社への忠誠心のようなものしかありません。

 それでは出版社もすべて株式を公開し、株主への「責任」を軸にして利益を追求すべきなのかと言えば、正直に言って私はそのようにシンプルには考えません。株式を公開しないタイプの出版社はあっていい。現状ではオーナー企業であってもかまわない。ただし社員への利益の分配は、働きに応じてきちんと行う。全社員が自社株を持つことができればなお明快でしょう。そして経営状態を幹部のみならず社員には公開し、働くことのよろこびと責任を自覚できる態勢をつくることができれば、おのずとモラルも向上するはずです。

 出版業というのはなかなか難しいところがあります。100万部単位の大ベストセラーはあくまでも例外であって、ふだんは少数多品種の商品をひとつひとつ丁寧につくりだしていかねばなりません。「仕込み」に何年もかかるものもあります。誰にも期待されなかった5000部の本が化けることだってある。株を公開し、株主資本主義の理念にしたがって経営をしていては実現が難しくなるような実験的なもの、独自の色合いのある本や雑誌、といったものがあります。出版社がインディペンデントな姿勢を維持できる活力と忍耐力を持つためには、株式を公開しないオーナー企業という選択肢もある、というのが私の個人的な見解です。

 一時は世界で約1000万部の発行部数を誇った(今はそれよりも少ないと思います)ナショナルジオグラフィックという老舗の月刊誌があります。もう時効だと思うので書くことにしますが、日本版を出すということになったとき、新潮社も版元の候補として名前があがっていました(なぜ新潮社も先方から候補として指名されることになったのか、という話はそれだけでまた長い物語になってしまうので、そこはスキップします)。

 十年、二十年と時間をかけて日本版刊行の働きかけを続けていた日本の出版社も複数あったようです。しかしこちらは晴天の霹靂、考えたことも(たぶん)なかった新参の候補者。与えられたのは短い時間でした。大急ぎで日本版のダミー版をつくり、原価計算、編集方針、市場の可能性などを分厚い英語のプロポーザルにまとめて提出することになりました。私もそのプロポーザルをつくるチームに入っていました。私が担当したのは主にダミー版の編集作業です。結果としては日経BP社が「落札」し、ナショナルジオグラフィック協会と日経BP社が共同出資した新会社によって現在のナショナルジオグラフィック日本版は刊行されています。

 その交渉の際に強い印象が残ったのは、ナショナルジオグラフィック協会という組織自体の、ひとことでは説明できない奥深さのようなものです。実は最後までよく理解できないまま終わってしまったのですが、ナショナルジオグラフィック協会は営利を追求する私企業とはまったく性格が異なる非営利の団体で、日本でいえば「社団法人」のようなものなのではないか、というのが私の理解でした。1911年のインカ帝国の都市マチュピチュの発見をはじめ、アポロ11号の月着陸への支援、タイタニック号の発見など、年間で60億円にもおよぶ予算がこのようなプロジェクトに投入され、その結果は誌面やテレビ番組で公開されています。そしてこれらの予算はすべて会員の会費と雑誌の売上げでまかなわれているのです。

 それだけの大きな組織ですから、日本版の交渉はさぞかし大きなプロジェクトチームが、と思うのですが、実際に私たちと会い、話をした相手は、最後までたったひとりでした。その担当者のHさんは、アメリカ東海岸の古い大学に勤めているような穏やかな学者ふうの人でした。よく話を聞くと、日本版プロジェクトが始まる前までナショナルジオグラフィックの編集者をしていて、日本の高名なカメラマンとの仕事を何度か担当していたらしい。そして「学者ふう」というのは実は正確な言い方ではありません。最後に会食した際に、ホテルのロビーで立ち話していたとき、「先週まで南極に行っていたんですよ。いや編集者としてではなく、生物学者としてですけどね」とぽつりと言っていましたから、つまりHさんは本物の学者でもあったのです。

 新潮社に最初にファクスを送ってきたのもHさん、来日したのもHさん、最後の交渉もHさん。もちろんワシントンにある協会の本部が最終判断をしたのだと思いますが、財政面や販売促進についてガンガンと煽ってくるような場面はいっさいなく、とにかくHさんが編集者としてきわめて優れた人であるに違いない、と思わせる言動がはしばしに現れていて、最初から最後まで畏敬の念を抱くばかりでした。そしてナショナルジオグラフィック協会というのは凄いところなんだなあ、と仰ぎ見るような思いも深まりました。

 ここから先は伝聞や噂のたぐいなので、事実かどうかはまったく保証できるものではないのですが、なるほどそういうことがあっても不思議ではない、と思わせる話が当時聞こえてきました。ナショナルジオグラフィックの初代編集長はギルバート・グロブナーという人なのですが、このグロブナー家が、少なくとも私がプロジェクトにかかわっていた今から十数年近く前まではナショナルジオグラフィック協会において相当大きな力を持っていたらしいのです。それまでのナショナルジオグラフィックの誌面ではあり得ないような、野生動物の撮影をスタジオで行うという、当時相当話題になった頁を企画し実現した編集者が、そのグロブナー家の逆鱗にふれて、その後それが直接の理由かどうかは定かではないものの結果として解雇されたというまことしやかな噂でした(しつこいようですが、あくまでも「噂」です。確かめたわけではありません)。

 私はそのようなオーナー家的なエピソードがある企業、組織というものを「前近代的である」と切り捨てるのはもったいない、と思ってしまう妙なところがあるのです。目に見えない抑圧的な空気が組織にたれこめる感じというものが、ときに何かを生み出す起爆剤になることもあるのではないか。マーケティングですべてを合理的に動かすのではない、ある種の理不尽さがひねり出す偶発的な力。

 Hさんが日本版の担当になったのは、私がにらむところ「彼は日本人のカメラマンとも仕事をしたんだから日本語版の交渉役として適任なんじゃないのか」というような、なんともおっとりした理由で決められた可能性もあるのでは、と感じました。そしてそのような決定というものは、株式が公開された合理的な経営からは発想しにくいような気がするのです。そして、そのような決定の方法の「どこが悪いのか」と思わないでもない。

 Hさんとは後年、フランクフルトのブックフェアで偶然再会することができました。彼はナショナルジオグラフィック協会の海外版権の仕事を続けていました。その年は、共通の知り合いである写真家が亡くなった直後の再会でした。お互いに次のミーティングが控えたあわただしい時でしたが、立ったままで短く言葉を交わしました。「彼が亡くなったことは、いまだに受け入れがたい気持ちだ。なんと言っていいかわからない」と静かに言っていたHさんの表情は、いまだに忘れられません。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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