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C・V・オールズバーグ 村上春樹訳
『急行「北極号」』(あすなろ書房)
DVD「ポーラー・エクスプレス 特別版」 (ワーナー・ホーム・ビデオ)

「『ポーラー・エクスプレス』、もし見てなかったら、おすすめだよ」と、娘が友だちから聞いてきました。「ポーラー・エクスプレス」? ああ、『急行「北極号」』を映画化したものね、と思いあたり、それならばと映画「ポーラー・エクスプレス」を娘と一緒にDVDで見ることにしました。

 コンピュータ・グラフィックス(というよりも、パフォーマンス・キャプチャーというものらしいのですが)を駆使した映画は、「サンタクロースは本当はいないんじゃないか」と疑い始める思春期直前の少年を主人公に、クリスマス・イブの雪の夜、家の前に突然現れて停車した「ポーラー・エクスプレス」に乗って、サンタクロースのいる北極点の町へと出かけてゆく──というところまでは原作にほぼ忠実です。

 乗車後は、ハリウッド風の味付けがたっぷりとされていて、息もつけないジェットコースター的展開(文字通り「ポーラー・エクスプレス」はジェットコースターのように疾走します)が待っていて、物語はぐいぐいと進みます。原作にはないキャラクターも次々と登場、主人公以外の子どもにも役割が与えられ、「信じること」がいかに大切か、というテーマがのびのびとうたいあげられてゆきます。

 映画が終わった後、DVDに付属する特典映像を見ていたら、原作者のオールズバーグが登場するので思わず膝をのりだしてしまいました。オールズバーグは、なんともいい顔をしているのです。誤解を恐れずに言ってしまうと、特典映像に登場するその他の映画関係者の顔つきとはまったく違う。オールズバーグはたしかにこのような人であるに違いないと思わせるような表情。眼鏡をかけて白髪で、思慮深い笑顔の持ち主だったのです。

 オールズバーグが自ら語る、絵本作家になるまでの話も面白い──アメリカ北東部のミシガン州の田舎に生まれ育ち、子どもの頃には近所の川や池でオタマジャクシをとって遊んだりしていた。絵を描くのが好きだったのに、高校生のときにはなぜか美術クラスを選択しなかった。大学は美術を学ぼうとミシガン大学に進んだものの、同級生の画力に圧倒されてしまい、絵はあきらめて彫刻科を選択することになった。

 絵本を描くようになる前の、オールズバーグの彫刻が画面で何点か紹介されるのですが、これがまたなかなか素晴らしい。自動車やタイタニック号や犬などをモチーフにした具象的作品なのですが、折れ曲がることなどあり得ないはずのオベリスクが折れ曲がっていたり、工場なのに椅子のかたちをしていたり、幻想的なシチュエーションが想定されていて、のちのオールズバーグの絵本の仕事に通底するものがあるのです。

 彫刻から離れて絵を描くようになったのは、これもふとしたことから。ミシガンの冬の寒さはとても厳しい。彫刻をしていたアトリエでは暖房が効かず、日が落ちると家に帰って絵を描くようにしていた。その絵を見た妻(小学校の美術教師)が絵本のさし絵を描いたらどう? とすすめ、その言葉がきっかけとなってオールズバーグの絵本の仕事が始まった──。

 絵本のアイディアはすべて日常生活のなかにある、というのがオールズバーグの考え方です。たとえば絵本『2ひきのいけないアリ』も自宅の台所でみかけた2匹のアリを見て、しだいに構想がふくらんでいったものであるらしい。オールズバーグの子どもたちへのアドヴァイスは「文章を書きなさい」ということ。文章を書くことによって、何かを自分の頭で考える、ということが鍛えられるから。「テレビに依存していたら、自分で考えることをしなくなってしまう」。

 ミシガンの何もない田舎での冬の思い出。少年だった彼は、雪のなかを手で橇を引いて、家から2キロ半ほど離れたゴルフ場まで歩いていったそうです。ゴルフ場に行けば、たっぷりとした起伏がそこここにあって、思い切り橇遊びができたから。雪原を黙ってひとりで歩いていたオールズバーグ少年は、言葉でその経験を親に報告するとしたら「ゴルフ場に行って橇をやってきた」としか言いようがないかもしれない。しかし言葉にはおさまりきれないほどたくさんの経験をしていたはずです。

『急行「北極号」』は、そんな育ち方、生き方があったからこそ、絵本というかたちになって現れてきたものなのですね。映画のあとで、もう一度絵本をひっぱり出してきて読み直し、しみじみと感じ入りました。絵本には描かれていない「行間」のようなものがたっぷりとあって、そこにはあふれるほどの言葉が眠っている。そう思わずにはいられませんでした。

 まもなく始まる冬休み、いままで手にしていなかったオールズバーグの他の絵本も読んでみることにしよう、そう思っています。それでは、みなさんも、どうぞよい年末年始をお迎えくださいますよう。
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