Kangaeruhito HTML Mail Magazine 270
 はだしの人

 前回のメールマガジンで、靴をはいたまま深夜残業することのつらさについて書きました。そして、スイスの国民的画家、アルベール・アンカーの描くはだしの子どもたちの魅力についても少し触れました(アンカーについては、明日発売の「芸術新潮」2月号で、作品の掲載とあわせて堀江敏幸さんが原稿を書いてくださいました。ぜひご覧ください)。

 アンカーの描くはだしの子どもを見ていたら、ふたりのはだしの老人を思い出しました。ひとりは、ターシャ・テューダー。絵本作家であり、広大な農園のなかで半近代的な暮らしをいまもなお続けている1915年生まれのアメリカ人女性。農園はバーモント州にあり、その四季の暮らしぶりは数々の本やNHKのドキュメンタリーでも紹介されていますからご存じの方も多いと思います。彼女はいつもはだしというわけではなかったかもしれませんが、庭の手入れで忙しい春夏には、はだしで歩いている姿が映像でとらえられていたと記憶しています。

 もうひとりのはだしの人は、写真家・星野道夫さんの友人で、アラスカのフェアバンクスに住むビル・フラー。1996年8月、星野さんが不慮の事故で亡くなって、アラスカ・フェアバンクスで行われた追悼の会に参加したとき、私は初めてビル・フラーと会いました。9月初旬のことでしたが、もうすっかり空気は冬に入れ替わっていて、朝晩は東京の真冬よりも寒い。ところが、追悼の会の前夜、星野さんのフェアバンクスの家に親しい友人が集まったとき、ビル・フラーは、はだしでやってきたのです。

 最初は誰なのかわかりませんでした。静かで不思議な雰囲気をまとった背の高い白髪の老人。ダウンのベストを羽織り、綿パンをはいています。やはり星野さんの年長の友人であるシリア・ハンターとジニー・ウッド(彼女たちについては星野さんの著作『ノーザンライツ』に詳しい)と、星野さんのお宅の庭先で小さな声で話し込んでいるこのノッポの老人を近くで見ているうちに、アッと気がついたのです。彼はビル・フラーだと。星野さんの著作『旅をする木』(文春文庫・または『星野道夫著作集 3』に所収)に登場している人。星野さんはたとえばこのように書いています。

「人間とは生きてゆく上で時どき励ましを必要とする生き物なら、ぼくは確実にその力をビルからもらっていた。ああそうか、やっぱりこうでいいんだよな……何かにつまずいた時、ビルの顔を見るだけでそんな気持ちになれた」

 水道も引かれていない小屋のような家で、夫人と二人、最小限のごくつましい暮らしを送っていたビルは、アラスカに住み着く前には、アメリカ大陸を転々としていたようでした。フェアバンクスで暮らすようになってからも、60歳を過ぎて日本列島を自転車で縦断したこともあるらしい。声も穏やかで、エキセントリックなところはどこにもなく、まなざしも深々とやさしい。何と言えばいいのか、どこか聖者のようなおもむきさえあるのです。星野さんはこう書いています。「マイナス二十度程度の寒さなら、ビルは外へ出る時でさえ、はだしにゴムぞうりばきである」。

 追悼の会に参加したアラスカでの短い滞在期間、私は気がつくとビル・フラーの姿を目で追っていました。ときどきおたがいに近づいては、ぽつぽつと星野さんについて話をしました。ビルがなによりも心配していたのは、直子夫人と息子の翔馬くんのことでした。亡くなってまもない後戻りのできない時間のなかで、ひとり静かに焦燥感のようなものと闘っていたビルの表情が忘れられません。

 ターシャ・テューダーとビル・フラーは、どこか似ています。たたずまいもまなざしも、おそらく息づかいも。そしてつい想像してしまうのです。人生のあるときに、ある場面で、何かしら深く傷ついたことがある人なのではないかと。それは取りかえしのつかないものだった。しかしそこから恢復するために、その痛みの由来を直接的に、声高に、語ったり書いたりすることを選ばなかった。自分の静かな暮らしを淡々と、しかし少しかたくななまでに守り続けることで、その痛みに沈んだ暗い淵から生還することができた。そういう人たちなのではないか。私の思い過ごしかもしれません。しかしあの静けさと、まっすぐに立っている感じが、何かそのようなものを連想させるのです。

 はだしで地面を踏みしめるとき、大地から伝わってくるものがあります。皮膚を通して伝わる言葉にならない感覚。それは、生きているという実感に毎日水を与えるようなものなのかもしれません。コンクリートやアスファルトでおおわれた大地からは、私たちは受け取ることのできたはずのものを受け取れず、そのことすら忘れたまま生きているのかもしれない。

 ビル・フラーは昨年、亡くなりました。やっぱりはだしのまま、星野さんと再会をはたしている姿が見えるようです。星野さんがいなくなってからのフェアバンクスの十年を、毎日少しずつ、おだやかに話しているのにちがいありません。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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