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色川武大『いずれ我が身も』(中公文庫)

 新入社員採用のための面接官を担当して、一日がかりの面接を終えると、なんとも言葉にしがたい重い疲労感が残ります。だったらそんなこと引き受けなければいいじゃないか、という内心の声が聞こえないわけでもないのですが、疲労感ばかりではなく面接ならではのプラスの要素もありますから、頼まれればつい引き受けてしまうことになります。

 就職活動は私の頃とちがい、大学三年の春から行われるようになっています(私の頃は大学四年の秋でした)。入社するまでに二年近い時間が横たわっているのに、このタイミングがいいのかどうか。あと二年近く生きてゆくうちに「あ、しまった! こっちの仕事のほうがよかった!」と思い直すこともあるでしょう。何しろ彼らは二十歳そこそこです。ぐんぐん成長し変化してゆく時期に、二年後の自分の人生にかかわる事柄について、早々に大きな決断を迫るのは少し酷な気もします(──反対に、さっさと就職先を決めてしまって残された二年間をのびのびと心おきなく「遊びたい」という考え方もあるのかもしれません)。

 自分の子どもであってもおかしくはない、三十歳近くも年下の彼らが、緊張したおももちで返してくる答えには、日常ではあまり味わうことのない、一回性の緊張感と重みがともないます。だからおのずとこちらも緊張するのですが、なるべくリラックスして話をしてもらえるように笑顔を心がけていました。けれども去年あたりから、心がけずとも思わず笑顔になってしまう。それは、面接が、選び選ばれることばかりではない、と感じるようになったからです。

 もちろん面接の仕事は、学生が質問に答える内容をよく聞き、その様子もあわせて見ながら、編集者としての資質がありそうかどうかを判断することです。しかし、ときには資質云々を超えて、人として独特の魅力を放つ人がふらりと現れる。その「独特の魅力」は会社員としては不要なもの、あるいは邪魔なもの、なのかもしれない。でも、この人は実に味わい深い。そう感じることがあるのです。そういう場合は、彼や彼女の話を聞き出す自分の姿勢が他のときよりも身を乗り出している、とはっきり意識することになります。

 たとえば(あくまでも「たとえば」です。私が面接した複数の人たちをモデルにした仮の人物とお考えください)、高校生まで過ごした田舎での暮らし、そこで影響を受けたもの(もちろん本も入ります)、親とのやりとり、東京での生活で変わったもの、変わらないもの。そういったものが会話にいやおうなくにじみ出てくる人がいて、それはその人が田舎での暮らしにさっさと区切りをつけて、箱に入れて封印してしまい、東京に過剰に適応してしまうタイプではないからだと思います。「就活」と一言でくくられる「通過儀礼」に、どこか戸惑いのようなものも残している人、という印象を受けるのです。

 彼らや彼女たちは、「就活」でとりあえずたくみに振る舞うことはできないかもしれない。そして挫折感も味わうことになるかもしれない。あるいは思いもしなかった就職先に出あうことになるのかもしれない。それでも(無責任と誹られることを覚悟の上で言えば)彼や彼女は大丈夫にちがいない。そう思える人たちなのです。

 面接がほぼ終わる頃に、「何か質問したいことはありますか?」と聞くことにしています。ある学生は、「いまのところ就職活動が思うようにいかないのですが、何かおすすめの本はありますでしょうか?」と聞いてきました。私は内心、色川武大さんの『うらおもて人生録』(新潮文庫)をあげようかと思ったのですが、思いとどまりました。生きてゆくことの思いがけない「幅」がこの世には存在しているのだ、ということを伝えてくれる本ですが、これから就職活動を続けてゆくかもしれない人には、「なんでこんな本を」と思われる要素もある。だからやめておいたほうがいいと思ったのです。

 本書『いずれ我が身も』は、色川武大さんの晩年に書かれたエッセイを中心にして、中公文庫の編集部が編んだものです。『うらおもて人生録』をさらに煮詰めたような味わいがあり、まもなく訪れる「死」をどこかでぼんやりと意識したような文章が多く収録されています。そして、色川さんはこのようにして生きて、亡くなったのだ、と今さらながらに深い感銘を受けるものが、ごろんとした石のように、存在している。

「私は、頭の恰好がいびつで、子供の頃奇型意識のようなものを自分で育てていた。自分も、優れたもの、美しいものになりたいが、頭の恰好がわるくては、スタートからもうその資格がなくて、どんなにがんばっても洗練にほど遠いものにしかなれない、と思いこんでいた。
 で、学校のように、皆を横一線に並べて教育するような場所は辛い。他の子は頭が不恰好でない。だから頭の不恰好な者の生き方は先生が教えてくれない。劣等感は主観的なもので、他人の判断はまるで役に立たない。
 それで子供の私が、何よりも必要としたのは、人生とは何か、ではなくて、自分はどんなふうに生きていくか、だった。
 この答えは、子供の間じゅう、出てこなかった。出てこないままに、やぶれかぶれで、ただ自分の気質に合うことだけをしていた。
 大きくなったら、何になる──? 
 という大人の明るい質問が、私にもときおり来たが、私にとっては、
 どんな大人になら、なれるだろうか、
 という問いの方がもっと切実に心を占めていた。どう考えても、大人としてちゃんと恰好がつくようになれるとは思えない」

 面接が終わった昨日、色川さんの本書をぱらぱらと読み直して、この一節につかまりました。就職活動がうまく運ばない学生を直接的に救い出す言葉ではないかもしれない。しかしこの悲観的ともとれる色川さんの言葉には、誰にもゆるがせにはできないものを守って生きてきた人の、最後にたどりついた確信のようなものが書かれてあり、そこには限定的ではない生き方の幅が書かれています。希望する会社に就職できるかできないか、それは一時的な悲観をともなうことかもしれません。しかし色川さんが書いている人生の幅のなかでは、やがて抜け落ちる小さなとげのようなものにすぎないだろう、と私は思うのです。
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