Kangaeruhito HTML Mail Magazine 288
 脱がす

 インターネットの恩恵は数々あって、なかでもありがたいのは古書の検索です。たとえば「日本の古本屋」という名前のサイトを利用すれば、北は北海道、南は沖縄まで、以前だったらまず出会えないままで終わっていたはずの本が検索で浮上し、取り寄せることができる時代になりました。これは本当にありがたい。

 ただし、手にとって見てから買うのではないのがちょっと難点です。「函少ヤケ。天少ヨゴレ。帯なし」というような簡潔な表現で、本の状態についての説明がついていたり、稀に本の画像がついている場合もあるのですが、実際に自分で古本屋さんに行って、手にとり自分の目で確認して買うのとは格段の差があります。注文した本が届いて包みをあけてみたら、想像していたよりも汚れていたり傷んでいたりする場合もないわけではない。まあしかし、これは便利さの代償としてあきらめるしかないでしょう。

 ところが昔の本でも、函に入っている単行本は、中身がびっくりするほどきれいな場合があります。天に埃が積もっていることもないし、本文紙も焼けていない。頁をひらけば私の好きな紙とインクの匂いがフワッと立ち上ってきたりもする。なかには、はさみこまれている新刊案内のチラシや読者カードがそのまま入っていて、スピンのおさまりぐあいをみると、ひょっとすると前の持ち主は買っただけで読まずに持っていたのではないか、と疑いたくなるような、そしてそのことに感謝したくなるような新品同様の本にめぐりあうこともあります。

 函は偉大なり。そう思います。そして函から取り出した本が、今はめっきり少なくなってしまったクロス装だったりすると、さらに今度は「クロス装は偉大なり」と思うのです。クロスを貼った本の手触りは上等のソファに座ったときの感触にも似て、独特の手触りとともに読む時間が過ぎてゆくことの愉しさを、さらにたっぷりと味わわせてくれます。

 先日、丸谷才一さんのご自宅を訪ねました。次号の特集「自伝、評伝、日記を読もう」をテーマにロングインタビューをさせていただく前に、丸谷さんのポートレイトを書庫のなかで撮影させていただくことになっていたからです。書庫におさめられた膨大な本の量に圧倒されながら、そして失礼にならない程度に本の背表紙を眺めわたしながら、どこか本の並び具合の雰囲気が違うことに気づいたのです。あ、そうか、函入りの本が函をとった状態で並べられているんだ。自分でも持っているはずの全集類の見え方が、函がないと、かなり違ったものになっているのです。

 たとえば、1980年代半ばに刊行されていた集英社の海外文学のシリーズ「ラテンアメリカの文学」も、函から出され、ビニールカバーも外されて、赤っぽい臙脂色の背表紙がすっきりと、そしてずらりとむき出しで並んでいる。ははあ。こうして並んでいると、それまでの本の印象ががらりと変わって、また違った魅力を放ち始めたように見えてくる。新鮮だなあ。

 撮影の合間に丸谷さんに話をうかがうと、「函は場所をとりますからね」とおっしゃいます。「東京みたいな狭いところで暮らしていると、巨大な書庫をつくるわけにはいかないでしょう。狭い書庫に本をたくさん入れるには、函の厚みだって集まれば馬鹿にならない」と。「だいいち、読みたいときにはいちいち函から取り出さなきゃならない。わずらわしいでしょう? だから捨てるんです」。丸谷さんは笑顔です。

 そしてさらにうかがえば、丸谷さんには「本はこうあってほしい」という個人的な要望があるとわかりました。たとえば全集。函から抜き出して、本体だけ並べていると、この巻にはどんな作品が収録されているのかわからない場合が多い。だから、できれば背表紙にも収録されている内容がわかるような表示をしてほしい。そして「見返し」(本を最初に開いたときの、見開きのところ)には、黒っぽい紙を使わないでほしい。なぜならば、その本についての、自分が読んだときの覚書を書き込むときに、黒い見返しだと文字を書き込めないから。

 小説の仕事と批評の仕事、さらにはエッセイの仕事もそれぞれ拮抗するように比重が大きい丸谷さんにとって、本の価値は、何よりもまずいつでも参照しやすい「実用物」としての価値なんだ、ということらしい。きわめて明快。このようにはっきりと本の役割を認識している人の蔵書は、すべて「現役」で、本としての生きがいを持続したままの顔つきをしているようにも見えてくる。

 本のたたずまいとか、手触りとか、匂いとか、そういう感覚、感触で本を愛でていた私にとって、丸谷さんの本とのつきあい方は、少なからぬインパクトがありました。小説、批評、エッセイの仕事というもの、いや、そういう大ざっぱなくくりではなく、丸谷才一という小説家、批評家、エッセイストとしてのありかたの片鱗が、書庫にもはっきりとあらわれている。そんな気がしました。

 撮影を終え、日が落ちる頃に場所を移して始まったロングインタビューは、たとえば評伝と長篇小説との関係も浮き彫りになってくる、刺戟的で、目が覚めるような、実に面白いものでした。いつでも「出動」できる状態でおかれた本たちがいきいきとおさめられた書庫を背景にしているからこそ、こんな面白い話が出てくることになるんだ、と数時間前に眺めていた書庫のたたずまいを思い返さずにはいられませんでした。

 丸谷さんのご自宅の書庫の写真とあわせて、次号に掲載されるロングインタビューをぜひ楽しみにお待ちください。……とはいえ、編集作業はまだ始まったばかり。発売はもうしばらく先の、7月4日の予定です。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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