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塩野七生『イタリアからの手紙』(新潮文庫)

 伝記的な作品を書く作家は、どのようにしてそのような書き手になるのでしょうか。次号の特集「小説より奇なり! 自伝、評伝、日記を読もう」の編集作業をしながら、そのことが気になり始めています。

 欧米では一目置かれる存在である伝記作家のうち、旧世代を代表するのはやはり、『マリー・アントワネット』や『ジョゼフ・フーシェ』などの代表作で知られるユダヤ系作家、シュテファン・ツヴァイク(1881~1942)ということになるらしい。次号の特集に登場する丸谷才一さんも、養老孟司さんも、特集に寄せられたアンケートの回答でも、複数の方がツヴァイクの本をあげておられ、その影響力の強さを再認識しました。

 ツヴァイクの伝記的作品は、今で言えば「歴史小説」と呼んだほうがふさわしいくらい面白すぎる物語性があり、日本語の「伝記」という言葉の持つ簡潔な響きからはあまり喚起されることのない、甘美な味わいさえ漂う文章によって書かれています。司馬遼太郎氏がその著作のなかでたびたび触れていたのも頷けるところです。

 先日、たまたま読み返していた塩野七生さんの『イタリアからの手紙』のなかにも、ツヴァイクについての記述を発見しました。本書は、1970年から資生堂のPR誌「花椿」に連載されていたものを中心に、書き下ろしも加えたエッセイ集なのですが、書き下ろしの一章「トリエステ・国境の町」に、ちょっと意表をつくかたちでツヴァイクが登場します。

 まず、トリエステという町についての描写がなんとも塩野節全開でニヤリとさせられます。ヴェネチアから汽車で二時間のトリエステは「ウィーンによく似ている」。「灰色の石材を装飾過多に積み重ねた建物の並ぶ、東ヨーロッパ風の重苦しい町で」、「こんなうつ病にかかりそうな町に、ジョイスがなぜ住む気になったのか、いっこうに理解できない」。そしてこう続くのです。「といっても、『ユリシーズ』を最初の一頁で放りだしてしまった私だから、当然のことかもしれないが」。

 トリエステは、フランス政界をしたたかに生き抜いた大立者、ジョゼフ・フーシェが亡くなった場所でもあり、その葬式の日のアクシデントを、塩野さんはこのエッセイのなかで巧みに再現しています。その部分はぜひ本書にあたっていただくとして、葬式の日の描写につづくところを引用してみましょう。

「私は、ツヴァイクの書いたという有名な彼の伝記を読んでいない。だから、ツヴァイクがどんな書き出しをしたのか知らないが、もし私が書くとしたら、この場面から書きはじめるだろう。世わたりの才能だけが優れていた、しかし、その生き方に品格というものを感じさせないフーシェの伝記の書き出しとしては、最もふさわしいではないか」

 このように書かれると、ツヴァイクの伝記の書き出しと、塩野さんによるフーシェの葬儀の描写を、読み比べたくなってくるではありませんか。

 さて、今回『イタリアからの手紙』を取り上げたのは、ツヴァイクについてお伝えしたかったからではありません。本書を再読して、塩野七生という書き手の核心にある部分がさりげないかたちで描かれている、と感じたからです。それは、冒頭に収録されている「カイロから来た男」の章。上等なエッセイとして読み始めるうちに、やがて短篇小説のように話が進みはじめ、映画のワンシーンのような光景が描かれてゆく。そして塩野七生という書き手が、いったいどのような思いで歴史について叙述しているのか、そのみなもとにある何かを、ローマでの平凡で静かな一日の、午後のほんの数時間に出会った一人の男とのやりとりだけで、伝えてくる文章なのです。

 うーん、これも申し訳ありませんが、ここでその内容を詳しくお伝えするのはあまりに野暮でしょうから、やめておくことにします。さきほどのフーシェの葬儀の描写と同様に、以下の部分だけご紹介しますが、ぜひ本書にあたっていただきたい。私は歴史というものを人間がどのようにとらえ、感じるものか、そしてそれが、けっして大げさなものではなく、きわめて個人的な、いきいきと息づくものであることを、これほど鮮やかに伝えてくる文章を読んだことがない気がします。

「それから五年が過ぎた一昨年の夏、歴史読物を書きはじめていた私は、その一カ月前に出版した第一作のことで、いくつかの新聞からインタヴューを受けた。そして、その中の一人の記者は、私にこう質問した。
『あなたは、どんな読者を想定して書かれますか』
 私は思わず、カイロから来た男のような人、と答えそうになり、あわてて口をつぐんだ」

『ローマ人の物語』の刊行が始まるまでに、まだ三十年近くの時間が経過するのを待たねばなりません。けれどこの時の塩野さんのなかには、本人が意識するしないにかかわらず、あの長い長い物語がすでに準備されつつあったことを、この文章は伝えているのです。
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