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『グレン・マーカットの建築』(TOTO出版)

 現代建築は、いつから上へ上へと伸びあがってゆくようになったのか。過密な都市の限られた土地のなかで、経済効率を考えれば高層化は避けられなかった、とするのが道理かもしれません。しかし、それだけではないだろう、と思うのです。無意識の力にやみがたく押し出されるようにして、遙か上から地上を見おろす快楽、あるいは下から見上げる快楽を求めていった。その結果が現代建築なのではないか。現代建築とは屹立することを志向する、男性原理に支えられた運動なのだ、と思うことがあります。

 19世紀に生まれ、20世紀半ばで亡くなったフランク・ロイド・ライトが、現代建築の世界で異色、異端であったのは、「上へ上へ」という運動を志向せず地平線に腹ばいであろうとし続けたことではないかと思います。フランク・ロイド・ライトが亡くなってから完成をみたニューヨークのグッゲンハイム美術館が、貝殻のような円をえがきながら螺旋状に昇り降りできるようになっているのは、地球の重力を引きちぎるのではなく、弾力的にとりこもうとした結果、みちびきだされたかたちだった。つまりフランク・ロイド・ライトは、最期まで屹立することを望まなかった母性原理の建築家だった、といえるのではないか。

 フランク・ロイド・ライトの名作「落水荘」は、ピッツバーグの森と渓流のなかにうずくまるように建てられています。しかも建物の内部、床の一部は、その場所にあった岩盤がむきだしのまま活かされている。自然を隔離、排除するのではなく、とりこもうとする発想は、1930年代の建築の世界ではきわめて稀なケースだったのではないでしょうか。都市化が自然の排除、管理をめざしたものだとするならば、フランク・ロイド・ライトの建築は都市的なるものに背を向けた、反時代的なものだったと考えたくなってくるのです。

 本書はオーストラリアの建築家、グレン・マーカットの作品集です。1936年、つまり落水荘が建てられた頃に、ピッツバーグからはるか遠く離れた海の向こうでグレン・マーカットは生まれています。実はこの本を手に入れるまで、私はグレン・マーカットという建築家の存在を知りませんでした。本書で初めていくつもの作品を見て、静かに驚きました。重力に逆らわない、地をはう建築。即座にフランク・ロイド・ライトを連想しましたが、大きな違いもある。フランク・ロイド・ライトのように岩盤や水など重さのあるものをどっしりとりこむのではなく、風や光のようにかぎりなく重量がゼロに近いものを音もなく自然にとりこんでいる。この軽やかさ。

 巻頭に収録されている「建築を教えるときに大切なこと」と題されたグレン・マーカットの言葉がまたすばらしい。全文を引用したくなるほどですが、以下にその一部を。

「子供の頃、私は父よりランドスケープについて学びました。ランドスケープを学ぶということは、植物の名前を覚えることではないのです。それは、土地の構造と秩序を理解することです。父は、私を丘の上に連れていき、特定の植物がなぜそこに生えているかを教えます。そして、同じ植物が生える場所の違いにより、いかに違ったものになるかを見せるのです」

「私は、例えば午後の4時から日没まで生徒をどこかに座らせて、場所の匂いを特定させたり、日中から日没にかけて、また早朝から日の出にかけて、虫がどう変わるか、その声がどう変化するかを観察させるでしょう。鳥が寝ている夜間の虫の声は、朝とはどう違うか。春、夏、秋、冬でどう違うか。私たちは、普段これらのことから隔絶されているがゆえに、それがわからないのです」

「私は生徒をいろいろな場所に連れていき、なぜこの部屋は少しばかり寒すぎるのか、もしくは少し蒸し暑いのか、なぜ窓を開けて空気を入れたくなるのかを彼ら自身で考えさせるようにするでしょう。海岸、内陸、砂漠地帯を問わず、湿度や通風はどちらも重要な要素であり、また建築を決定する因果関係をもつものなのです」

「建築は理論ではない。現実なのです」

 グレン・マーカットが建築について語る言葉は、子育てについて語ったものと読み替えても話の筋が通る内容です。最後に引用した一文にある「建築」という言葉を「子育て」に替えても意味が通るのは偶然ではないでしょう。「自然」を相手にした仕事ということで考えてみれば、建築と子育ては大きく重なり合う部分がある。

 建築は「場所」がその性格を規定する。その場所に存在する「自然」が導き出すものとして、建築は始まるべきものなのだと思います。東京のど真ん中で、古い建物を取り壊し、土地を買収して、見上げるような高層ビルを建てるとき、人はその場所の自然を考えるでしょうか。都市化が進み、自然が排除されていった結果として、私たちはそこに自然が介在することのない異形の建物としての高層ビルを建てることが可能になったのかもしれません。

 広大な自然を擁するオーストラリアで、このように見事な建築を手がけてきたグレン・マーカットの作品集を見ながら、あらためてそのようなことを考えました。
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