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須賀敦子『遠い朝の本たち』
(ちくま文庫 河出文庫版『須賀敦子全集』第4巻所収)

 私たちがいま、「本を読む」という言葉を耳にしたときにイメージするものは、約550年前にグーテンベルクによって活版印刷が発明されてから、徐々につくりあげられていったものです。活版印刷の発明は世界のありかたを変えるほどの、革命的なものでした。マルティン・ルターの宗教改革も、活版印刷による聖書の「大増刷」がなければあり得なかったでしょうし、300年後の産業革命も、活版印刷の存在が、いくつもの小さな明かりを提げて進む先発隊の役割を果たしていたのではないかと思います。

「本を読む」ということが、そもそもそのはじまりにおいて、世の中を変えてしまうほどのラディカルな発明によってもたらされたものだった。このことは、ときどき思い出しておいてもいいことでしょう。強いインクの匂いと、紙に残された印圧のでこぼこは、私たちがいま想像する以上に、機械のもたらす新奇なもの、強いもの、激しさの印象を人びとに与えていた。そのように想像してみたくもなります。

 しかしいま、「本を読む」ことは、静かな、おとなしい、控え目なものとしてイメージされるようになっています。人びとの表立った興奮は、「本を読む」ことから潮を引くように去ってゆき、それにかわって、文字情報はデータ化されるようになり、データ化されたあとは、携帯ででもパソコンででも自在に読むことができるようになった。おそらくこれは約550年ぶりの革命的な事態です。世の中のありかたを変えるかもしれない変革が、いま進みつつあると感じます。

 それでは「本を読む」という習慣が消えてゆくのでしょうか。私はそのようには考えません。百年単位でゆっくりと人びとに染みこんでいった習慣は、十年や二十年で簡単に消えるものではないからです。五十年、百年後には従来の本という形態が希少なものになる可能性はおおいにあるでしょう。しかし私たちがどれだけ効率のいい暖房に囲まれるようになったいまでも、暖炉にくべられた薪が、赤々と燃えている前を無関心なまま素通りすることができないように、心の深いところで、紙に印刷され製本された「本を読む」という行為から簡単に立ち去ることはできないはずです。

 昭和天皇が亡くなった翌年の1990年、『ミラノ 霧の風景』という一冊の本で、突然のように私たちの前に現れた須賀敦子という希有な書き手が、私たちに与え、遺していったものはいったい何だったのか。それはおそらく、三つの事柄だったのではないでしょうか。ひとつは、人と人の絆の物語であり、ふたつめは、人と宗教、あるいは人と共同体の物語であり、みっつめは人を内面から動かすことのできる本というものについての記憶の物語だった──そう思うのです。

「本を読む」ということについて、これほど甘やかに記憶を語ることができる人はいないのではないか。暖炉の火が、私たちのからだの奥まで届いてくるように、須賀敦子が丁寧に描き出す本をめぐる記憶は、私たちの「本を読む」という経験の芯にひそんでいるものに、音もなく近づき、結びつき、血を通わせる。須賀敦子の記憶が、自分の記憶であったかのような親密な錯覚を、私たちのなかに呼び覚ますのです。

 須賀敦子の、本をめぐる記憶を描いたものを一冊選ぶとすれば、まずは本書をあげることになるでしょう。本というものの、モノとしての魅力が、そのまま伝わってきます。本を手にする場面だけでも、たとえばこんな文章に私たちは出会うことになります。

『ケティー物語』という青い表紙のずっしりと重い本が、私と妹にとって離れられない宝物になったのは、いくつぐらいのときだったのか。夏休みがはじまったばかりのある日、銀座のデパートの書籍売場で、いいわ、ふたりで一冊だけよ、とうしろで待っている母を背中で気にしながら、迷いに迷って選んだ本だった。(「まがり角の本」)

 ジグザグのように歩いてきたながい人生の道で、あのとき信州にもっていったサンテグジュペリの本のうち、『戦う操縦士』だけが、どんなめぐりあわせだろう、傍線・付箋だらけになってはいるが、まだ私の手元にある。黄ばんだ紙切れがはさまった一二七ページには、あのときの友人たちに捧げたいようなサンテックスの文章に、青えんぴつの鉤カッコがついている。
「人間は絆の塊りだ。人間には絆ばかりが重要なのだ」(「星と地球のあいだで」)

 図書館のあかるい資料室でカードを繰ると、その本はすぐ見つかった。『人間のしるし』。著者はクロード・モルガン。石川湧訳。一九五二年発行。例の岩波シリーズの一冊で、白とダーク・ブルーの簡素だけれど瀟洒な表紙。たくさんの人が読んだのだろうか、ずいぶんくたびれて、ワラ半紙のようなページは黄色くなり、表紙も角もすりへって丸くなっている。(「クレールという女」)

「どんな本がいいのか、わたしにはさっぱりわからんで、潤一兄さんに選んでもらったんよ。あんたたちがどんな本を読むのか、おばあちゃんにはわからんから」
 めったに旅行をしなかった、したがって私たちが会うのはほんとうに稀だった母方の祖母が、お国なまりでそういいながら、角ばった紙包みを私と妹にひとつずつ手渡してくれた。開けてみると、私のは茶色がかった表紙の本で、『プルターク英雄伝』。それまで読んだことのあるどの書物よりもぶ厚く、読みごたえがありそうだった。ずっしりと手に重い感触と、いかにも「男の子向け」といった地味な装幀に、私は身がひきしまるようにうれしかった。(「アルキビアデスの館」)

 本書に登場する、遠い記憶のなかにある本は、その折々に、須賀さんの人生の節目で、須賀さんの背中をそっと、あるいは力強く、押したものだったのだ、ということがはっきりと伝わってきます。本を読むとき、その人のまわりには、ページをめくるひそやかな紙の音だけが聞こえる。静かな、大人しい、控えめな気配が、「本を読む」ことのまわりには満ちている。ところが、本を読む人の内側では、ときに激しい、強いものが動きだし、その人の人生の行方を変えかねない何かが生まれつつあるかもしれないのです。

 どんなに静かに見えようとも、「本を読む」ことには、ある激しさがともなう場合がある。そして、人生の節目にきざまれた本の記憶は、本の手触りや、装幀の印象とともに、その人のなかにいつまでも残り、存在し続け、その記憶じたいが、ふたたびその人に働きかけることすらあるのだ──ということを、本書はかたりかけてきます。

 没後十年を迎え、須賀敦子さんが遺したものがいっそう輝きをましています。私たち編集者の仕事についても、「本を読む」ことにどれだけ、何を、どのように寄与することができるのか、あらためてふり返り、考え直すきっかけを与えてくれるような気がします。何度も繰り返し読むに耐える……いや繰り返し読むたびに発見がある須賀さんの本は、その本のたたずまいや手触りとともに、少なくとも私のなかでは、古典と呼ぶべきものになってきたようです。
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