Kangaeruhito HTML Mail Magazine 306
 乾燥ばんざい

 湿度が苦手です。私は暑がりですが、湿度さえなければかなりの気温でも耐えられることをアリゾナを旅したときに知りました。気温は42度。アリゾナの空港に降り立ったとき、機内の室温との違いに一瞬肌がびっくりしていましたが、カリカリと陽にあぶられる感覚はけっして悪いものではありませんでした。日陰に入ってしまえば爽やかささえ感じられる。たしか湿度は20パーセントぐらいだったと思います。

 青空はすみずみまで濃い青で、日本の東京の夏空のように、晴天なのに空が白っぽくぼやけて見えたりはしないのです。なんとなく宇宙の近くにいるような感覚。夜になればぐっと気温もさがって、天国にいるような快適さでした。あー、こういうカリカリに乾いたところで暮らしたいな、としみじみ思ったものです。

 気管支喘息の人は空気や匂い、湿度に敏感である、という文章を昔読んだことがあります。その文章では、気管支喘息の小説家であった吉行淳之介さんの文章を綿密に検証しながら、空気や湿度の変化を敏感に感知する表現が頻出することをとりあげて、このような文章の傾向は、吉行さんの持病であった気管支喘息に由来するものではないか、と分析していました。たしかに吉行さんの小説には、『湿った空乾いた空』というタイトルもあったな。

 その文章によると、気管支喘息の原因のひとつを、出産時に赤ちゃんが受けた心理的記憶にもとめていました。出産の際に難産であった場合、その赤ちゃんにとってはじめての体験となる肺呼吸というものが、深層心理のなかに苦しいものとして植えつけられてしまう。呼吸の苦しさの記憶は、空気や匂いや湿度の変化の状態に過敏になる原因をつくりだし、気管支喘息が引き起こされるのだ、というのです(手許に文章が残っていないので、記憶で書いていますが……)。

 逆子で難産だった私は、この文章を読んだとき、心の奥深くで納得するものがありました。ほんの少し湿度があがったりするだけでも、皮膚や粘膜で感知するからです(思い起こせば、急に乾燥するのも喘息にはよくなかったと思います)。私の場合は、小学生の低学年以降、ほとんど喘息の発作は起こらなくなりましたから、吉行さんほど重い状態ではありません。吉行さんの場合はそれに加えて(というか関連して)皮膚のアレルギーもありましたから、いっそう空気の状態に敏感になっていたのでしょう。しかしその喜ばしくない体質が文学性の密度を高める結果になったのですから、人生は複雑です。

(ここまで書いてきて、気管支喘息と吉行淳之介さんをめぐっての文章については、過去にも一度触れたことがあるような気がしてきました。もしそうだとしたら、すみません。今日の晴天に免じてお許しを──)

 東京の湿度の高い夏はほんとうに苦手です。東京に屹立する高層ビルをすべて巨大な乾燥機に変えてフル回転させたくなるほど。もちろん自宅でも乾燥機は不可欠で、夏のあいだはあちこちで乾燥機をフル回転させています。自宅の地階に設置したとりわけ大きな乾燥機は、毎日朝から晩まで、湿った空気から3リットルぐらいの水を黙々とつくりだしています。だから本棚やレコード棚のある地階はいつも湿度は40パーセント台で、レコードを聴いたり本を読んだりするのには最適の環境。もちろん秋から冬にかけては乾燥機をかけずとも湿度はぐっとさがってゆくのですが。

 空気がどんどん乾いてゆくこれからの季節は、私にとってはからだがぐんと楽になる季節です(女性のお肌にとっては、最悪の季節なのかもしれませんね。だとしたらごめんなさい)。今日は、昨日までの高湿度状態から解放されて、アリゾナほどではないものの、東京としては青々とした空のひろがる一日となりました。みなさんの気分は、今日一日、いかがでしたでしょうか。

「考える人」最新号は今週の土曜日に書店に並びます。特集でとりあげた「パリとその周辺」の空気は、私の印象としてはカラリと乾いたものでした。日本の秋晴れの日々のなかで、最新号が多くの読者のみなさんに読まれることを心より期待しています。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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