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『須賀敦子全集 第8巻』(河出文庫)

 昔から年譜が好きでした。安岡章太郎、吉行淳之介、庄野潤三、小島信夫など「第三の新人」と称される作家の小説を続けて読んでいた大学生の頃には、講談社文庫で読むことが多かったのですが(文芸誌「群像」の名編集長、大久保房男氏が「第三の新人」をバックアップしていた背景があり、結果として講談社文庫が多くなったのだと思います)、当時の講談社文庫は巻末にかならず作家の年譜がついていて、小説を読んだあと、この年譜を読むのがもうひとつのたのしみでした。

「第三の新人」の文庫は、いったんは品切れや絶版になったものが多かったのではないかと思いますが、現在は講談社文芸文庫で復活したものが少なくありません。そして講談社文芸文庫になっても、年譜は引き続き巻末に用意されています。その「伝統」はいまも継承されているようです。

 年譜は、作家について少し距離をおいて見直し、違う角度から光をあてることのできる「鏡」のような役割を果たす場合があります。作品のテキストだけを読んでいたら見えてこない、作品の背景が見えてくることもある。もちろん、テキストそのものを詳細に読み解くことでしか見えてこないものもあるでしょうし、年譜的な事実にひきずられすぎると、作品を矮小化したり、何かを早合点してしまう危険もあるでしょう。誤読のきっかけをつくってしまう場合もあるかもしれません。しかしそれでもなお、年譜はおもしろい。

 次号(12月29日発売)の特集は「書かれなかった須賀敦子の本」です。現在発売中の08年秋号の最終頁に、次のような次号予告を載せました。

一九九五年三月、「地下鉄サリン事件」が起こりました。
その年の暮れに須賀敦子は、初めての小説となるはずの作品、
「アルザスの曲りくねった道」を構想し、育てはじめます。
同じころ発表したエッセイの冒頭を、須賀敦子はこのように書きました。
「一九九五年は、宗教という言葉がどっと街にあふれ、人びとの目に
触れ、口にのぼるという、忘れられない年であった。なにもこれに
限ったことではないけれど、正確な意味がただされないまま、
言葉だけが不吉な疫病のように街を駆けぬけている。
そのなかで宗教と文学について考えようとすると、いきなり宗教心とか
信仰、既成宗教などという、宗教にまつわる騒がしい言葉の群れがどっと
押し寄せてきて、私は混乱してしまう。宗教にくらべて、文学のほうは、
ひっそりしている。文学は、ひとり、だからだろう」(「古いハスのタネ」)
その頃、彼女の内側では病が静かに進行していました。五ヶ月ほどの入院ののち
一九九七年七月、「アルザスの曲りくねった道」の草稿約三〇枚が
編集者に手渡されます。「ひとり」と喩えた文学によって、須賀敦子は
何を描き出そうとしていたのか。はじめての長篇小説は未完のまま、
一九九八年三月二〇日の風の強い日、須賀敦子は帰天。享年六十九。
「文学と宗教は、ふたつの離れた世界だ、と私は小声でいってみる。でも、
もしかしたら私という泥のなかには、信仰が、古いハスのタネのように
ひそんでいるかもしれない」(「古いハスのタネ」)
須賀敦子の「古いハスのタネ」と、書かれなかった長篇について考えます。

 特集「書かれなかった須賀敦子の本」の企画は、須賀さんの年譜がなければ、思いつくことはありませんでした。おそらく須賀さんの熱心な読者にとっては、須賀敦子さんの年譜の存在はよく知られているものでしょう。『須賀敦子全集』(単行本版)の最終巻である第8巻が刊行された2000年11月に、その年譜が所収されていて、私たち読者の前に姿を現したのです。須賀さんが亡くなって、約2年半の時間が経過していました。総頁数が162にも及ぶこの年譜は、私の周囲でもたちまち「あの年譜、読んだ?」と大きな話題になりました。私が知る限り、これほど詳細をきわめた年譜が、現代の日本人作家についてつくられた例は他に目にしたことがありません。

 作成したのは、須賀さんの晩年をもっともよく知る作家、松山巖さんです。須賀さんの没後、須賀敦子全集の編集委員の仕事をこなしながら、並行して二年近くをかけて作成されたものだと聞いています。須賀さんが書かれたもの(日記、手紙、作品)ばかりではなく、家族、友人知人などにも直接取材をして明らかにしている部分があります。そして、次号予告で触れている1995年の須賀さんと、当時の世の中の出来事(阪神大震災、地下鉄サリン事件)がどのように接していたかが見渡せるようにもなっている。そして、95年の年譜の最終行には、「このころ『アルザスの曲りくねった道』を構想する」と記してあります。

 今は文庫化もされていますので(単行本と同じく第8巻に所収)、この年譜を一度、ぜひご覧になっていただきたいと思います。須賀敦子という希有な書き手の作品と人生を考えるとき、この年譜はこれからもかならず参照されてゆくものでしょう。また、年譜というものの魅力をあらためて教えてくれた貴重な「作品」としても、独立して味わうことのできる傑作だと思います。
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