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吉田秀和『世界のピアニスト』(ちくま文庫)

 次号の特集「ピアノの時間」で、ふたたび吉田秀和さんにご登場いただけないか、というのが念願のひとつでした。「ふたたび」というのは、07年夏号の特集「続・クラシック音楽と本さえあれば」で、堀江敏幸さんとの対談を掲載させていただき、吉田さんの明晰で柔軟な話し言葉に強い印象が残っていたこと、だからこそピアノをめぐって「ふたたび」あの話し言葉に接することはできないか、と思ったのです。

 吉田さんの話し言葉、と強調しましたが、吉田さんの話し言葉は、本としてまとめられた書き言葉に近しいものがあると思います。同じ人なのだから当たり前、とも言えますが、吉田さんの書き言葉は、ひらがなの使い方にひとつの特徴があり(ひらがなを大事に使うことで、大和言葉のやわらかさ、やさしさを、うまく引き出している文章だと思います)、その柔らかさと表裏一体になった、思考の柔軟性があるのです。思考の柔軟性というのは、ものごとを対話的に考える、ということだと思いますが、吉田さんの文章にはその手触りがあるのです。

 論理のつなぎかたも、道の角を直角に曲がる漢文脈的で男性的なものではなく、ゆるゆるとやわらかくハンドルを切る融通無碍な感覚がある。そして両手を広げればとどいてしまうような小さな路地の奥まで、すいすいと入ってゆく自転車のような動き方をするのです。読み手が吉田さんの論理に強引にねじふせられるのではなく、吉田さんの漕ぐ自転車に二人乗りをしてあたりの光景を眺めているうちに、いつしか目的地に着いてしまう感じ、とでも言えばいいのか。

 直角には曲がらないリズムとのびやかな旋律を持ちながら、いっぽうで吉田さんの文章は旗幟鮮明です。演奏家や指揮者への明確な評価がまずあって、◎なのか○なのか×なのか△なのか、おそらく冒頭のあたりではっきりとわかりやすく表明されています。その上で、クルマではなかへ進入できない路地へと漕ぎ入れて、演奏家や指揮者が表現したものに、彼らのなかでうごめく意志や想像力やたくらみが、どのように反映され現れているのかを子細に腑分けし、読者の目の前にそれを丁寧にならべて見せてくれるのです。

 ちくま文庫が、「吉田秀和コレクション」のシリーズとして、吉田さんの本を続々と文庫化しています。本書はかつて新潮文庫でも同じ書名で刊行されていたものですが、しかし同じ内容ではありません。当時は収録されていなかった、内田光子さんなど三人のピアニストの章があらたに加えられ、朝日新聞掲載の「音楽展望」からも十一篇が選ばれて、再編集されています。ですから、復刊的な文庫化ではありません。

 読み直してみると、旗幟鮮明な態度と融通無碍でやわらかい文体を特徴とする吉田さんの文章は、音楽のように、耳から頭へと入ってきます。愉しい経験としての読書とはこういうものだったとあらためて感じます。そして今回あらためて読んで面白かったのは、たとえば、2000年に亡くなったピアニスト、フリードリヒ・グルダの章でした。ジャズに傾倒し、1962年にはジャズピアニストへの転向を表明し、クラシック界で物議を醸してみたり、モーツァルトのピアノ協奏曲の演奏会に、セーターと帽子というラフな格好で登場し、飄々とした弾き振りを見せたり、亡くなる前年には自分の死亡説をメディアに流したり……とクラシック界のピアニストとしては風狂なふるまいで知られた人ですが、吉田さんはそのようなふるまいについても触れながら、グルダのピアノの本質にスッと近づいてゆく。

 吉田さんはグルダを論じるにあたって、しばしばグレン・グールドを引き合いに出します。しかし、それはグルダをグールドと同じように「ちょっと変わったピアニスト」としてまとめて片づけてしまうようなことはしません。そうではなくて、二人の違いはどこにあるか、というところまで読者を引っ張っていく。グルダの言動に惑わされることなく、グルダの演奏の核心にあるものを、わかりやすい言葉で照らし出してくれるのです。
 
「私たちは、バッハをひいて、これに劣らず『知的な』態度を持しているピアニストとしてカナダのグレン・グールドを知っているわけだが、グールドには、このアイロニーはない。彼は何ごとにも極端であり、狂気すれすれのところで仕事をしている人だが、グルダは、自分のしていることをはっきり意識し、眺めながら、生き、そうして演奏している。彼は、グールドのように、演奏中も、『目を閉ざさない』。グルダは耽溺型の芸術家ではない。おそらく、詩的な雰囲気のもつ魅惑の深さと幻想性という点ではグールドが勝り、表現の多様とそのすべてを完全に手中に掌握し、支配している、その意識の明晰さと力強さでは、グルダが進んでいるといえるのではないか」(『世界のピアニスト』より)

 そして吉田秀和という書き手はやはり「目を閉ざさない」、「意識の明晰さと力強さ」のある書き手なのだ、とあらためて思わずにはいられません。次号に掲載される堀江敏幸さんとの対談「違っていることはなんてすばらしいんだろう」は、実際にピアノを弾いていた人としての吉田さんのあざやかな記憶と経験から始まる貴重なものになりました。読み逃せないものだと思います。どうぞご期待ください。
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