Kangaeruhito HTML Mail Magazine 331
 時間というもの

 昨日の夕方の4時頃に、すべての校了作業が終わりました。大日本印刷の営業担当のSさんがいつもと変わらない笑顔で編集部に現れて、おととい終わっているべきだったのに、こぼれてしまった数ページ分の責了紙を受け取りに来てくれました。「いつもと変わらない笑顔」というのは、営業スマイルということではなく、Sさんの人柄がじわりとにじみでてくる、実にいい笑顔なんです。Sさんはおそらくまだ20代ですが、その笑顔を見ていると、こちらの修業不足をいつも感じます。

 4月4日発売の「考える人」の特集は、「ピアノの時間」です。なぜ「時間」なのか、と質問されても、パパッと説明できないのですが(つまり何となく思いついたタイトルなので)、ひとつには「音楽は時間の芸術」だ、という意味合いがあります。もうひとつは「ピアノの音楽を聴く時間」はほかの何かに代えがたいものだなあ、ということでしょうか。つまりピアノを聴いている時間は何の役にも立たない時間だけれど、だからこそなおさら大事という気持ちも入っていると思います。

 それからもうひとつ。この特集では、三人のピアニストと一人の調律師から、ピアノをめぐるとっておきの話を聞くことができたので、ピアノと切り離せない人生を歩んできた人たちのよそでは聞けない話を、ゆっくりたのしんでいただける時間をここにご用意しました、というニュアンスもあります。

 ピアノの特集とあらば、なんとか実現させたかった吉田秀和さんと堀江敏幸さんの対談も、春の初めのある日、鎌倉の吉田さんのお宅ですごした何にも代えがたい時間から生まれたものです。吉田さんと堀江さんのなかに流れてきたピアノをめぐる個人的な時間が、言葉となって交わされる。対談を始めた午後には部屋の奥まで射し込んでいた陽光が、対談が終わったころにはすっかり姿を消していて、あわてて灯りをともすほどでした。

 ところで時間といえば、時間をかけた取材でなければこれだけの番組にはならなかっただろうというドキュメンタリー番組を、このところ立て続けにふたつ見ました。ひとつは、「揺れる大国」というロシアをテーマにしたNHKスペシャルのシリーズで、私が見たのはグルジア紛争をテーマにした回でした。昨年の8月に勃発したグルジア紛争下で、グルジアの人々はどのような経験をしたのか、そしてロシアに100万人いるというグルジア移民が、紛争後に直面せざるを得なくなった状況とはどういうものなのか、グルジアではこれからどのような新たな動きがでてくるのか、といった問題を丁寧に追っていました。こういう番組を継続的につくってくれるNHKであるならば、もうよろこんで、のし紙つきで受信料を払い続けたいという気持ちになりました。再放送が4月にあるようなので、ぜひご覧ください(NHKの「揺れる大国」のサイトに、再放送の日程がのっています)。

 もうひとつもNHKです。これは昨晩見た番組で、財政破綻した夕張市の、診療所を立て直しつつ、さらに地域医療のあたらしい取り組みにまで踏み込んでゆく院長とスタッフ、そしてそれを受け止める患者と住民たちの姿を、やはり700日という時間をかけて追ったものです。取材の過程で、高齢者の方々が「大往生」としか言いようのない幸せな死を迎えるところにまで立ち会っているのですが、取材対象の方々が亡くなるという偶発的な出来事を、医療が果たしてきた本来的な役割の発見にまでつなげてゆくことに成功しているのは、やはり作り手の考える力と、かたちにする力ゆえでしょう。

 いちばん驚いたのは、90代の、表情のとぼしい、口をきくこともなかったひとりのお爺さんが、取材の過程で夕張の地域医療のあたらしい仕組みのなかに入っていき、その後しばらく時間が経過すると、別人のように笑顔を取り戻し、冗談を言うまでに恢復していたことです。その表情の変化には圧倒されました。人間は90歳をとうに過ぎても、ドラスティックに変化するものなのだ、という驚き。最先端医療技術によってではない、人間のコミュニケーションの力と、それを受け止める脳の柔軟性を目の当たりにした思いでした。

 時間をかけないと見えてこないもので、世の中は成り立っている。そもそも人生というものは、時間の流れのなかでしか成り立たないものであり、時間こそが人生というものなのだ──そんな思いにまでつながってゆくふたつの番組でした。毎日「速報」の洪水のなかに生きている私たちは、それぞれの瞬間に受け取ったひとつずつの「点」のようなものを、すべて後ろへと放っていくばかりではなく、時間をかけて、その点がどのような線を描いていくのかを見ていかなければならない。そんなあたりまえのことにまで思いが至りました。

 ピアノの最初の一音が、演奏という時間を経過して、最後の一音にいたる。ピアノの音楽は、私たちが生きている世界の成り立ちを、私たちの人生そのものを、美しい音のつらなりによって喩えている。今朝、寝起きの頭でそんなことをぼんやりと考えました。

「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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