フランス人ピアニストのピエール=ロラン・エマールをご存じでしょうか? だとすれば、クラシック音楽から現代音楽までかなり守備範囲の広い「ピアノ好き」の方なのでは、と思います。エマールはいま51歳。日本で広く注目されたのは、ニコラウス・アーノンクール指揮「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲全集」の3枚組CDが発表された2003年以降でしょう。去年の夏、バッハの「フーガの技法」を中心とするリサイタルのために来日したエマールに札幌で時間をいただけることになり、念願のロング・インタビューが実現しました。まもなく発行になる2009年春号「ピアノの時間」特集に掲載します。

 ブーニンにせよ、キーシンにせよ、彼らは少年と言っていい十代で人気に火がつきました。ならばエマールは遅咲きのピアニストなのかと誤解されそうですが、それは彼の演奏活動の軸足が現代音楽にあったためで、エマールも15歳にしてメシアン・コンクールで優勝しています。そして、メシアンの妻であるピアニスト、イヴォンヌ・ロリオに見出されたのは、そのさらに3年前、12歳でのこと。そのときのことをエマールは以下のように語っています。

 (そのコンクールの)審査員のなかにイヴォンヌ・ロリオがいたのです。私が演奏している最中に、リヨンの国立高等音楽院の院長に向かって「あの子は私がもらいます」と言ったそうです。イヴォンヌ・ロリオは私にとって伝説的な存在でしたし、メシアンにいたっては、法王のような存在でした。ほんとうはパリにいる別の先生につくことが決まっていたのですが、そのコンクールがきっかけで、私はメシアン夫妻に「誘拐」されてしまうことになったというわけです。幸せな被害者として。

 メシアン、そしてブーレーズとの強い絆のほか、キューブリック監督の「二〇〇一年宇宙の旅」や「シャイニング」でも効果的に使われていた現代音楽の作曲家リゲティは、80年代半ばから新作のピアノ曲の初演はすべてエマールをご指名でした。ピアノ曲の演奏では、わが武満徹とのやりとりもあったようです。

 アーノンクールからエマールにベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲録音の依頼があったとき、当初はモダンピアノではなく、18世紀に演奏されていたフォルテピアノでの演奏を打診されたという話があるのですが、その真相についても、エマールはこのインタビューで語っています。幼いころの曾祖父の家でのピアノとの出会いから、医者だった両親のこと、現代音楽の演奏に力を注ぐ理由、最愛のピアノを手に入れるまでの秘話、そして50歳にしてついにバッハを録音しようと決意するまで……明晰でときにユーモラスな語りは、どこかエマールの演奏にも似て、耳に鮮やかな響きを残す興味の尽きない話ばかりでした。

 7歳で学校を辞めて家庭教師につき、音楽に専念する暮らしをつづけてきたというのに、いわゆる「音楽ばか」にならないのは、やはりフランスという国の文化的な奥行きの深さゆえなのか。インタビューは昨年夏、札幌でのPMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル、故バーンスタインの提唱で1990年から開催)のリハーサルの合間に行なわれたのですが、森のなかにあるキャビンは、雨に濡れた濃い緑の木々に覆われていました。エマールの深い教養と、人間的魅力につよくひきつけられた幸福な時間でした。