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宮下志朗『本の都市リヨン』(晶文社)

 ほんの十日ほど前、グーグルが電子書籍の販売に乗り出すという記事がニューヨークタイムズに掲載されました。アマゾンのブック・リーダー「キンドル」も、いつどのようにして日本に上陸してくるのか、まだはっきりとはしていない状況で、「キンドル」の最大のライバルが出現した、ということでしょうか。

 紙媒体の本のかたちが、ニューメディアによるあたらしい本のかたちへと少しずつ入れ替わってゆく、大きな過渡期のなかに私たちがすでにあることは、まちがいないでしょう。個人的には、紙媒体としての「本」が消えてゆくことは当面ないだろうと思っていますが、これまでとまったく同じように「本」が生き延びてゆくのもむずかしいように思います。

 500年以上前にも、同じような状況が生まれていました。グーテンベルクによる活字印刷の発明です。それまでは写字生がひと文字ひと文字書いていた写本が、活字印刷の発明によって、手書きとは比べものにならないスピードで、同じものを、大量に生産することが可能になったのです。そして、活字印刷による最初の書物が聖書であったことは、その後の歴史を予告する象徴的な出来事でもありました。

 すなわち、グーテンベルクよりも90年ほどあとに生まれたマルティン・ルターによって口火を切られることになる宗教改革が、ヨーロッパ全土を大きな波のように覆っていったのも、活字印刷による聖書が、人々の手に渡っていったことが原動力となったにちがいないからです。

 聖書はそれまで聖職者以外には触れることも読むこともままならない、どっしりと重い神聖なものとして、教会の中心に据えられていました。しかも一般の人々にはまず読むことのかなわないラテン語で書かれていたのです。活字印刷の発明後、ラテン語訳聖書はほどなくしてそれぞれの国の言葉に翻訳され、やがて手軽な判型の書物にかたちを変えて、ふつうの人々によって読まれるものとして、教会のなかから外へと歩み出したのです。

 グーテンベルクの活字印刷の技術はまたたく間にヨーロッパ全土にひろがりました。たとえばヴェネチアに、あるいはパリに、印刷工房ができ、書籍商が現れ、書物は売買され、国境を越えて運ばれるようになります。そして、16世紀にパリとならんで、大きな出版センターとなったのが、イタリアとの国境に近いリヨンでした。

 本書は、リヨンが「本の都市」として隆盛を誇った時代を、そして宗教改革の波をつくりだす役割を同時に果たしながら、まさにその宗教改革によってつくりだされた大きな波にのみこまれ、出版業の成り立ちまでおびやかされてゆく姿を描き出します。出版業をおびやかしたのは、宗教改革がよびこんだ大波ばかりではありません。金融危機、感染症など、私たちにとっても遠い歴史の話ではない、いまも世界を動かしかねない外的要因が深くかかわっています。

 宮下氏は本書の冒頭で、当時のリヨンの都市としての性格を「そろばんずく」と言い表しています。パリと違い、大学を持たず、高等法院も持たず、もっぱら経済センターとして機能することを期待されていた都市リヨン。私には、リヨンの「そろばんずく」な性格が、「本の都市」として没落してゆく大きな契機にもなったのではないか、と思えてなりません。

 リヨンから出版業が消えてゆくまでの約百年間には、さまざまな出来事、さまざまな人々が登場します。約1000枚の大著は、ひとつの都市を舞台とした長篇小説を読み終えたような手応えがありました。そして私たち出版にかかわる人間にとって、リヨンの没落は他人事ではない。たったいまの出版界の状況のなかで、本書を読むことの意味ははかりしれません。
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