二〇〇七年夏号(特集「続・クラシック音楽と本さえあれば」)掲載の吉田秀和さんと堀江敏幸さんの対談「〈書く〉ことは、〈聴く〉こと」には、読者のみなさんから大きな反響がありました。著作はもちろん、少年時代から吉田さんのFMラジオ番組「名曲のたのしみ」に親しんできたという堀江敏幸さんと吉田秀和さんとの対話は、五十歳の年齢差をこえた、たがいへの敬意と率直さにあふれたものでした。今回の特集「ピアノの時間」でもぜひにとお願いし、お二人の対談をお届けできることになりました。

 堀江さんといっしょに鎌倉の吉田さんのお宅を訪ねたのは、三月の初めのこと。「きょうはまず、ピアノの弾き手としての吉田さんについて、お話を伺いたいと思います」という堀江さんにこたえて、吉田さんは、北海道の実家にピアノを残してきた成城高校時代、先生や友だちの家のピアノを楽譜持参で「荒らして」歩いたこと、モーツァルトやシューベルト、ベートーヴェンなどのほか、新しく珍しかったバルトークやシェーンベルクを夜中まで弾いたことを、ときおり朗らかな笑いをまじえながら話されました。ピアノにとりつかれた吉田青年の姿が、ありありと見えるようでした。

 ピアノを楽しみのために弾くことはついこのあいだまでなさっていたそうですが、二〇〇三年に亡くなった妻のバルバラさんと合奏を楽しむこともあったそうです。そこで出てくるのがバッハ。

吉田 バッハの音楽というのは、上手下手に関係ない。一人でやっても、二人でやっても、もっと大勢でやってもいい。子供が初めて弾くにも、遊びで弾くにもいいしね。グールドみたいに弾いてもいいし、ケンプみたいに弾いてもいい。リヒテルでもいいし、バレンボイムでもいい。

 そしてこの数百年、どれほど多くの人がバッハを弾いても、グールドが弾くまでは、「あのバッハはいなかった」、その許容度の高さがバッハだし、そのちがいこそ音楽の魅力なのだとおっしゃいます。

 アルゲリッチ、ポリーニ、アシュケナージなど、のちの大ピアニストが続々とデビューした七〇年代のこと、「転ばない酔っぱらい」コルトーの演奏にあるポエジーのこと、ロシア楽派の驚くべき「遅さ」とその果てのこと、ミケランジェリの悲劇的うまさとブレンデルの内省、そしてピアノという楽器そのもののこと……。お二人の会話はどんどんつづいてゆきます。

 三月、吉田秀和さんの書斎の正面に見えるかたちのいい樹は、小さな灯りのような実をぎっしりとつけていました。バルバラさんがいつもジャムになさっていたという金柑です。対談を始めたとき、部屋の奥のバルバラさんの写真のほうまで深く射していた陽光が、気がつくとすっかり姿を消し、あわててフロアランプを点さなければならないほど太陽は低くなっていました。時間を忘れてしまうような、ゆったりと愉しい、お二人の対話でした。