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鶴見俊輔 ききて・黒川創『不逞老人』(河出書房新社)

 先日、養老孟司さんにお目にかかって、次号特集「活字から、ウェブへの……。」のインタビューをさせていただいたとき、耳の底に強く残った言葉がありました。それはこのような言葉でした──「最近は、生きている気のしない人がふえているんじゃないか」。

「生きた心地がしなかった」という言い方があります。危機的な状況に自分がおかれたときの感覚を「劇的」に表現したものでしょう。この表現の前提では、たぶん「生きる」ことは無条件で肯定されるべきものになっているはずです。

 ところが、「生きている気がしない」には「生きる」ことを肯定する力が欠けています。生命を維持する条件にはまったく問題がないのに、「生きている」実感が得られない。ここには「生きた心地がしない」よりもはるかに解決するのが難しい問題がふくまれている。

 本書は、鶴見俊輔さんのごく近くにいて、意識的に伴走を続けている黒川創さんが、あらためて鶴見さんに詳しく話を聞き出したものです。そういえば『日米交換船』も、黒川さんと加藤典洋さんの「引き出す力」がなければ成立しなかった貴重な回想をふくむ本でした。

 聞き出す人の能力もさることながら、鶴見さんの思い出す能力もおどろくべきものがあります。のびのびとたのしく回想することもあれば、回想された事柄に付与されるべき意味合いを、数十年の時を経てあらためて定義し直すような場面もある。鶴見さんの回想は、つねに一回性のなかで試みられる即興詩のおもむきがあって、「詩人」としての鶴見俊輔さんの横顔は、毎回新鮮で驚かされます。

 冒頭がすばらしい。序章「ぼんやりしたまま、消えるだろう」は、こんなやりとりから始まります。
 
 ──鶴見さんは若いころ、自分が八〇歳を過ぎても、半世紀後の未来のことが気になるだろうと予想しておられましたか? もう自分がいないであろう世界のことを。

 ……(沈黙)……こういうふうに答えよう。水木しげる(一九二二-)が小学校に行ったときに、「人間ってみんな死ぬんだよ」と言われて、「うそ?」と思ったというんだ。その気分は、よく分かるね。つまり、人間は、誰も彼もが死ぬということを、幼いときには分からない。だけど、その気分は八六歳になっても、小さなかけらとして、自分がいま生きているという感覚のなかに残っているんだよ。いまの私は、自分の死が近いことを分かっているんだけれども、にもかかわらず、自分がいま生きているという感覚のなかに、かけらとして永遠がある。
 
 ──希望に近いものなんでしょうか。

 いや、希望というよりも、生きている感覚のなかにそれがあるってことじゃない? 生きている感覚のなかに、永遠というのが、非常に小さな希望としてある。それが、生きているということなんだよ。
 
(『不逞老人』より)

「メメントモリ」(=死を忘れるな)という言葉があります。とりとめなく流れてゆく私たちの日常へ、不意打ちの警鐘として使われる言葉です。「メメントモリ」には、あらゆるものを相対化して見るポイントへと誘う力がある。たとえば、疫病がはびこり平均寿命もはるかに短かった中世の時代を生きていた人間にとって、「メメントモリ」はかなりの実感をともなった言葉たりえていたのではないか、と思うのです。

 しかし、「生きている気がしない」現代人にとっては、(観念的には)死はいつでもウェルカムであり、そう言われなくても自分は毎日のように死を考えているよ、というようなものかもしれないのです。「死」を遠ざける工夫を重ねてきた私たちにとって、「メメントモリ」がますます実感を持ちにくい言葉になり、生を再編するような強い力を維持しえなくなってきた──そういう時代に私たちは生きているのではないか。

「生きているという感覚のなかに、小さなかけらとして永遠がある」。私は「メメントモリ」よりも、この言葉の持つ力に興味をひかれます。そしてこのような感覚は、おそらく勉強や仕事や「日々やるべきこと」から離れたところで培われる感覚なのではないか、と思うのです。夏休みに海ですごした時間、蝉しぐれの林のなかを歩いた時間、田舎の親戚の家の庭で見上げた入道雲のかたち。夕立ちのなかを傘をささずに走った記憶。

 何の役にもたたない時間を持つこと。鶴見さんのような戦争体験も、戦後の社会的な活動も、経験すべくもない私たちが、「生きること」の感覚を回復するためには、そんな無駄な時間を積極的に重ねてゆくことも大切なのかもしれません。
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