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星野道夫『CARIBOU カリブー 極北の旅人』(新潮社)

 この欄で、発売前にすでにとりあげた写真集です。星野さんのこの写真集の魅力については、「遠景」と「近景」というキーワードで、池澤夏樹さんがすばらしい紹介を書いてくださいました(「波」9月号)。すでに写真集は発売になっていますが、肝心なことについて書くのを忘れていました。本書のテキストについてです。

 星野さんの著作には、カリブーについて触れられた文章がかなり残されています。検索して調べたわけではありませんが、著作に登場するアラスカの野生動物のなかでは、もっとも数多く取り上げられているのではないかと思います。そして星野さんがのこした「撮影日誌」にも、カリブーは英語表記の“caribou”として頻繁に登場しています。

 星野さんの撮影日誌は、著作のなかでも何回か引用されているので、その存在はすでに知られていました。印象深いものというと、厳冬のマッキンレー山を背景にオーロラを撮影しようと単独で山麓にテントを張り、凍傷とたたかいながらついに撮影に成功するまでを記録したものが思いうかびます(「アラスカ 光と風」『星野道夫著作集1』所収)。

 しかし撮影日誌は発表を前提にして書かれたものではなかったので、没後に公開されたのは、『森と氷河と鯨』(『星野道夫著作集4』所収)に収録された、事故で亡くなる約一ヶ月前からのものに限られています。

 この写真集『CARIBOU カリブー 極北の旅人』の巻末には、未公開の「撮影日誌」から、カリブーをめぐる文章が初めて収録されることになりました。写真集を構成する写真を一緒に選んでくださった星野直子さんが、時間をかけて日誌を読み返し、そのなかからカリブーについて記述した部分をピックアップしてくださったのです。

 発見もありました。とはいっても、新事実が浮かび上がったわけではなく、やはりそうだったのか、と確認ができたということなのですが──星野さんは生前、カリブーの写真集をまとめることについては「もう少し待ってください」と、何度となくおっしゃっていたのです。それは、まだ撮影しておきたいものが残されており、自分として満足のゆく写真集をつくるには至っていない、という意味合いだと理解していました。初公開の日誌のなかに、こんなくだりがあります。

「caribouの写真集を、本当にいい形でまとめたい。自分がつくる本の中で、これほど大切な本は後にも先にもないだろう。写真家が一冊の本をつくるために生きているのなら、僕の場合はこの一冊に違いない」(1992年7月1日の日誌より)

 星野さんが、クマに襲われて亡くなる四年前の日記です。他にはたとえばこんな記述も出てきます。

「とにかく、撮影だけはきびしくやっていこう。うまくいってる時はどんどん押してゆくこと。そしてうまくいかない時は、なげずにじっくり動き続けてゆくこと」(1986年4月29日)

「カリブーを撮り続けてもう13年になる。もう十分一冊の写真集ができるだろう。本ができたら、もうここには戻ってこないだろうか。いや、まったく変わることなく、自分はこの土地でcaribouを撮り続けるだろうと思う。そのことに、自分で、自分に驚いてしまう。一体なぜなのだろうか。自分はきっと、死ぬまでcaribouを見続けるだろう」(1992年7月4日)

 このように、巻末に収録された「撮影日誌」からも、星野さんのカリブーへの並々ならぬ想いが伝わってきます。この前の「考える本棚」では、この日誌について触れることを、まったく失念していましたので、今回の「本棚」でご紹介しました。

 明日(9月4日金曜日)、星野直子さんがこの写真集についてテレビで話をなさるそうです。NHKの「いまほんランキング」というコーナーで放送が予定されています。

・首都圏では「こんにちはいっと6けん」 午前11:05~午前11:54の時間帯
・地方局では「ローカルニュース」午後6:10~午後7:00の時間帯
(盛岡、福島、水戸、長野、新潟、富山、岐阜、金沢、福井、京都、広島、北九州、長崎、鹿児島、宮崎) 

 写真集とあわせて、ぜひご覧ください。
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