Kangaeruhito HTML Mail Magazine 359
 
 縮みゆく身長

 秋になると、会社では健康診断が行われます。胸部レントゲンから始まって、検尿、体重測定、身長測定、検眼、血圧測定、眼底検査、聴力検査、心電図、超音波エコー、採血、問診……ともりだくさん。

 混んでいると一時間近くかかることがありますし、検査のために朝食を抜いてこなければいけないので(つまり、検査が終わらないと、朝ごはんが食べられない)、なるべく朝早く会社に着くように行き、やや神妙なこころもちで検査コーナーをひとつずつ“巡礼”してゆくことになります。

 検査はすべて検診を担当する専門のチームが行うのですが、体重測定と身長測定だけは総務部の人がボランティア(?)でやっています。じつは今回、ひそかに恐れていた検査がひとつだけありました。それは身長測定。なぜ恐れていたかといえば、去年の秋に生まれて初めて、身長の「マイナス成長」を経験したからなのです。

 どうしてなのかわかりません。しかし1年間で8ミリも身長が縮んでいたのです。どうしてだろう。どうにも納得がいかない。しかし、もともと私は姿勢が悪く、猫背気味。まず考えたのは、測定時にからだがまっすぐになっていなかったのではないか、ということでした。

 もうひとつ思い当たったのは、29歳のときに椎間板ヘルニアで一ヶ月ほど入院したこと。椎間板ヘルニアは背骨と背骨とをつなぐクッションの部分、「椎間板」の傷みや劣化によって引き起こされるものなのですが、その後も年々、腰椎のあたりのクッションが「しなびたり」「つぶれたり」していて、その「しなびたり」「つぶれたり」の連鎖とその合計が、去年あたりからの身長の地盤沈下につながったのではないか。

 さらにもうひとつ、あまり考えたくない原因が考えられました。頭髪問題です。ここ数年、かなり髪の毛の情勢があやしくなってきている。とくに頭頂部がさみしい。考えてみれば、身長測定は足の裏から頭頂部までの“標高”です。頭をつるつるに剃った人と、剛毛がびっしりと生えている人だったら、2ミリや3ミリ、身長が変わってくることがあるのではないか。しかし頭髪のボリュームで8ミリ減、だとすると、かなりの激減状態を意味します。

 他力本願の考え方も芽生えます。なにかを測るときには誤差がつきもの。測定時になんらかの理由で発生した誤差が影響していたのではないか。身体測定の器機は昔からある、あたまのてっぺんにL字型のスケールを下ろしていって止まったところで測るものでした。精度の高いノギスに較べたら、1ミリや2ミリぐらい変わってくることはじゅうぶんありうるのではいか。

 あとは、それらの諸要因をすべて受け入れて考える場合です。頭の中で割り振りをしてみると……姿勢で3ミリ、ヘルニアで3ミリ、誤差で2ミリ、合わせて8ミリ。あ。頭頂問題を忘れてる。もとい。姿勢で2ミリ、ヘルニアで2ミリ、誤差で2ミリ、頭頂部で2ミリ、合わせて8ミリ。いや、このほうがうれしいかな。姿勢で2.5ミリ、ヘルニアで3ミリ、誤差で2ミリ、頭頂部で0.5ミリ。あれこれ分配を考えているうちに、体重および身長測定のコーナーの前に私は立っていました。

 そのとき、必要以上にニコニコしていたかもしれません。なんとなく不安を押し隠そうとして、つとめて笑顔を保とうとしていたからです。しかし靴を脱いで、身長測定の台の上に立ったとき、私の顔色はみるみる失われ、おそらく必死の形相になっていたのではと思われます。かかとをほんのわずか浮かせて、ひそかに背伸びしたい気持ちをこらえ、かかとをぴったりとつけ、背筋を最大限に伸ばし、あごを引き、天に向かって放たれた弓矢のように姿勢を維持します。レントゲン撮影でもないのに、息も止めていました。あとは祈るばかり。

「あれ? 177.5だわ」
「……」
「もう1回、測ってみましょうか?」
「あ……はい」
「ええと、はい。あれ? これはどうみても177.5ね。おかしいですね」
「……」
「うーん、これ、どう見ても177.5だな」
「はあ」
「5ミリ減ってます。どうします?」
「え?」
「去年と同じ、178.0ってことにしておきましょうか?」
「……いえ、現実のとおりで、お願いします」

 去年が8ミリ、今年は5ミリ、合計13ミリ。私のからだで言うと、小指の第二関節と同じぐらいの規模で、2年にまたがり身長が縮み続けたことになります。これはいったいどういうことなのか。仮に頭頂部問題がからんでいたとしても、13ミリも減るわけはないし。

 このままのペースで、毎年5ミリ規模で身長が縮んでいくとしましょう。10年後に迎える還暦の頃には、172.5。70歳では167.5。80歳で162.5。うーむ。万が一、8ミリ規模で縮んでいった場合には、80歳の段階で153.5までたどりつくことになる。これはもはや別人では。私のからだには「動的平衡」はないものか。

 きのう会社で配られた検診の結果には、4つも「要観察」項目が列挙されていました。縮む身長に、追い打ちをかけるような容赦ない結果。わたしの心には、いま台風並みのはげしい嵐が吹き荒れています。
 
「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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