Kangaeruhito HTML Mail Magazine 361
 
 何をやっているのか

 ウェブと出版界をめぐって語られるものが、「このままでは未来はない」「活字は衰退の一途」といったニュアンスが漂うことばかりなのはなぜでしょうか。

 私自身も、出版界の外にいる人から「どうですか、最近の景気は?」とたずねられると、不況だのウェブだのといった言葉を使いながら、気がつけばマイナス感たっぷりの話し方をしている場合がありますから他人事ではありません。

 ところがよく考えてみれば、ウェブメディア上にアップされている言葉や、携帯でやりとりされる言葉、そして紙に印刷された言葉の総量を考えると、人類の歴史のなかでこれほど言葉が「読まれている」時代はなかったのではないか。私自身、本を読むことのおもしろさを、ますます強く感じるようになっています。本と音楽さえあれば、老後が心配などころか、ますます楽しみな今日この頃。

 本にしても雑誌にしても、私が夢中になって読んでいた中学、高校時代には、刊行される点数がいまよりもずっと少なかった。街の小さな普通の書店でも、読みたい本はたいてい手に入りました。刊行点数のボリュームを色鉛筆でたとえると、昔は48色だったものが現在は120色以上にふくらんだ感じ、とでも言えばいいでしょうか。

 それではどうしてこんなにたくさんの本や雑誌が刊行されるようになったのか。出版界の動きを1950年代半ばからクロニクル的にふりかえってみれば、雑誌の場合、当然ながら、高度経済成長期に次々と新雑誌が創刊されていったことが一目瞭然です。テーマや読者対象も細分化され、さらにはグラビア化とともに広告収入も右肩上がりで増え続け、雑誌が出版社の大きな収入源の役をになうようになっていきました。

 雑誌の数が増えれば、会社も大きくなる。社員の数も増えてゆく。社員の数が増えれば刊行する本の点数も膨張する。書店の棚を確保するためには、刊行点数にものをいわせ、隊列を組んで他社の本を押しのける必要もあるでしょう。つまり本や雑誌が順調に売れていれば、出版社の規模は大きくなってゆくものであり、そうなると刊行点数も増え、書店には本や雑誌が溢れんばかりの状態になってゆく、というわけです。

 私たちはいまのところ再販制度という「規制に守られて」います。本や雑誌という「商品」の価格の設定についても、市場に委ねる原理から少しばかり離れたところでやりくりしている。ですから、外の風にさらされているようで、実はあまりさらされていない室内にとどまりながら、「外の風がこわい」と言っている。そういう状況なのではないか。

 先々週、「コルシカ」というサイトで雑誌を定価購入すれば(雑誌は取次会社を通して、「コルシカ」に納入されます)、パソコン上に全ページのデータが入手できるサービスが開始され(たまたまかもしれませんが、新聞紙上では「芸術新潮」の名前も登場していて、びっくりさせられました)、それに対して日本雑誌協会が抗議し、サービスの中止を申し入れ、ほどなく雑協加盟社の雑誌のサービスは停止された、という報道がありました(雑協非加盟の社の雑誌のサービスは継続されていましたが、その後、14日以降は全面的に停止しているようです)。

 その約一週間後、日本雑誌協会のなかにあるデジタルコンテンツ推進委員会が、雑誌の有料配信を目指して共同サイトをつくる動きが進んでいる、との報道がなされました。実はこれ以前に、この7月に、電通とヤッパという会社が提携して始めたサービスで、iPhoneの利用者には一部雑誌の有料配信がすでにスタートしています(http://www.magastore.jp/product.php )。新潮社の雑誌では「旅」がこのサービスに参加しています。

 日本雑誌協会は昭和31年に設立された社団法人です。まさに1950年代後半から始まった雑誌の高度経済成長とともに歩んできた組織、ということになります。ところが私は入社以来30年近くになるのですが、まったく不勉強なせいで雑協がいったい何をしているのかわからないまま、今日に至ってしまいました。しかし毎年かならず一度は雑協の存在を意識する瞬間があります。それは「雑誌愛読月間」というキャンペーンのシーズンです。

 雑誌をもっと読みましょう、読んでください、という主旨で(……だと思うのですが)、毎年人気の女性タレントがポスターに登場します(地下鉄などの中吊りもあるのでご覧になったかたも多いはず)。われわれ雑誌編集者がその期間になにをするかというと、「表紙か目次にかならず入れてくれ」という連絡とともにとどく「雑誌愛読月間」のシンボルマーク(雑誌を開いたところが笑顔になっているシンプルなもの)を目次の片隅に入れておしまい。

 先日、書店でアルバイトしている20代の若者に「雑誌愛読月間って、売り上げ向上のためにやってるんですよね。あれってどれくらい効果あるんですか?」とけげんそうな表情で尋ねられました。「そうだよね……今度聞いてみます。具体的にどうなのか」と不勉強を恥じつつ答えたばかりです。

 雑協のデジタルコンテンツ推進委員会が研究し進めている共同のサイトの話に戻りましょう。新聞記事によると、著作権や肖像権などの「ライツ問題」をどのようにクリアしていくか、使用料の配分をどう行うか、「作業量もコストも膨大なものになる」という担当者のコメントが載っていました。

 そして私が注目したのは、このサイトがスタートする時期について書かれた部分です。新聞記事の表現ではこうありました。「2年後の実用化を目指す」。うーむ。

「考える人」の最新号の特集「活字から、ウェブへの……。」で紹介したアマゾンの「キンドル」という電子読書端末は、「考える人」の発売直後に日本での販売が開始されました。これにはびっくりしました。いずれ上陸するだろうとは思っていましたが、まさかこんなに早く販売が開始されるとは。このスピードはおそらく、「とにかく始めてしまって、細かいことはあとから考えて修正すればいい」というグーグル方式、アメリカの得意とするやり方でしょう。しかし、利用者の立場から言えば、「待ってました」であり、「早すぎるんじゃないの?」というセリフは出てくるはずもありません。

 私は新しいことにはおそるおそる後ろのほうから近づいてゆくタイプの男です。iPhoneを買うかどうか迷いながら、はや半年がすぎてしまったのもその現れですし、ツイッターもやっていません。そもそも最新号の特集のタイトル「活字から、ウェブへの……。」というのだって、何かを急いで判断しようというスタンスではまったくなく、二歩も三歩もうしろにさがって考えたかったから、つけたものでした。

 それにしても。この二週間の報道を見ると、何とも言えない気持ちです。締め切られた窓の内側にいれば、空気も澱む。これではあたらしいものも入ってくることができない……なんだ、気がつけばやっぱり、マイナス感漂う話しぶりになってしまいました。よくないですね。

 出版や編集の仕事ほど、おもしろいものはない、と思いながらまもなく30年。本や雑誌を愛する気持ちはたぷたぷと音を立てるほど。だからこそ、狩猟民ではなく農民的に、腰を据えて、土を耕し種をまき天を仰ぎ見ながら、自分にできることをひとつひとつ継続してゆくしかない。そうは思っているのですが。
 
「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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