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蓮實重彦『反=日本語論』(ちくま学芸文庫)

 本書の初版が刊行されたのは1977年。「蓮實重彦」という漢字四文字にふくまれる横軸がミルフィーユのように重層的で、曰く言い難い重みがあり、装幀につかわれている薬箪笥の写真のあやしい暗がりも、何が出てくるのかわからない未知の印象をあたえてくる。なんだろう、と思って大学生協で手にしたのが、単行本の『反=日本語論』でした。

ぱらぱらとページをめくって拾い読みをしていくと、いつのまにかひきこまれてしまい、文章の先へ先へと目がひっぱられてゆく。濃厚なようでいて軽妙でもある独特な文体は、短時間のうちに同じ文体のリズムでものを考え始めてしまうような感染力があり、翌年に刊行された『夏目漱石論』ももちろん迷うことなく手に入れて、それまで読んだことのないタイプの漱石論に頭のなかの漱石像がつぎつぎとなぎ倒されてゆくような感覚を味わわされました。

出会いの一冊であったことを差し引いても、本書のおもしろさは別格でした。それはやはり、フランス語を母語とする妻と、その息子が、それぞれの文章のテーマを変奏するみごとな役者としてしばしば登場するからでしょう。フランス語を母語とする妻はたとえば──、

「電車を乗りついで評判のフランス・パンを買いに行くといった日本人の奇行には目をそむけながら、米の水加減に気をつかい、ざるそばの歯切れ具合を云々する。コーヒーよりは遥かに日本茶を愛好し、近所のお茶屋では、いつものところを二百グラム頂戴などと日本語で注文する」(「海と国境」より)

 というような人であり、またその妻とのあいだに生まれた男の子については──、

「父親自身、この子を、肉体的にも精神的にも混血児として意識したことはないし、ましてや外国人を前にしたもどかしさなど憶えたこともない。日本人形のような黒々とした髪の子供を胸にいだく夢をはぐくみつづけたパリ生まれの母親は、やや栗色がかったその色にいささかの失望を示しはしたものの、誰から聞いたのか海苔だのわかめだのを幼少期からたくさん食べさせた結果、いまでは普通の子供と変わりない黒さを獲得しており、息子は容貌の上では日本的要素がはるかにヨーロッパ的要素を圧倒している」(「『あなた』を読む」より)

 という三人の役者が揃ったところで何が展開されるのかと言えば、それは当然の成り行きとして、「言葉」をめぐってのささやかで、深くもある一瞬のエピソードと、それに不意打ちされた著者の受け手としての態度であり、考えたことになるでしょう。そこに浮かび上がってくるのは、いかに『反=日本語論』と名づけられてあっても、日本語というものについてまわる、親しくもありよそよそしくもある複雑な容貌にほかならないのです。さきほどの息子をめぐっての文章は、このように続きます。

「それはたとえば、一年間のフランス滞在をおえて日本に戻ってから二カ月ほどたった、彼が五歳の誕生日を迎えてまもなくのことだったが、たまたま妻が外出していたので子供と二人で向いあって夕食のテーブルについていた折に、不意に、子供が父親に対して『あなた』と呼びかけた瞬間である。たしか、『あなた、まだ、ごはんたべる?』といった疑問文の形式であったと思うが、これにはいささかの衝撃をおぼえたことを告白せねばならぬ。その証拠には、父親は、無意識のうちにその問いにフランス語で答えていたのであり、それを契機に、食事が終るまで、二人の会話はフランス語で続けられたのを憶えている」(同)

 ちくま学芸文庫として刊行されたものを三十二年ぶりに再読して驚いたのは、どこをとっても何から何まで光りの当て方も咀嚼のしかたも違う作法であるにもかかわらず、水村美苗さんの『日本語が亡びるとき』が登場する三十年以上前に、このようにして日本語について親密に書かれたものがあったのだ、ということの発見でした。再読であろうが三読であろうが、その時間を新鮮な経験として与えてくれるものこそが名著であり、名著はその度に、あらたな驚きをもたらすものだ、と思うほかありませんでした。

 ちくま学芸文庫として刊行される以前、ちくま文庫で本書が刊行されたとき、著者の妻、シャンタル蓮實さんの解説がすでに付されていたらしいのですが、うかつにも今回初めて読みました。この解説を読むためだけにでも、本書を買う価値がある、とここに断言することにしましょう。短いものでありながら、おそらく蓮實重彦論としてもっとも優れたものであり、もっとも独特なものである、とだけ申し添えておきます。
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