矢野顕子さんの弾くピアノが好きです。「Super Folk Song」や「Piano Nightly」、あるいは「Home Girl Journey」を聴いたことのある方なら、そのピアノの魅力を言葉にしてお伝えする必要もないかもしれません。

 ロックのピアノではなく、ジャズのピアノでもない。クラシックともちがう。やはり「矢野顕子のピアノ」としか名づけようのないもの。アグレッシブではなく、陶酔でもなく、綱渡りの緊張でもない。矢野顕子さんのピアノは、矢野顕子さんのこころと、目には見えないなにかとしか名づけようのないものが、ひとつになって響いている気がします。

 それはだからまぎれもなく、矢野顕子という人でなければ出せない音なのです。そして、そのピアノの音にかさなるのは、矢野顕子さんの歌。採譜して紙に定着させることはほぼ不可能といっていい特別なゆらぎやリズムのある歌が、ピアノの音と一緒になって地球上にたったひとつだけ舞い降りてくる。そう思うのです。

 それでは、矢野顕子さんは幼いころどのようにしてピアノに出会ったのでしょう。いま弾いているお気に入りのピアノはどこで出会い、どうやって手に入れられたものなのか。そのピアノを調律する人はどんな人なのか。矢野顕子さんに詳しくピアノについてのお話をうかがいました。

 ひとつひとつのエピソードが、「たったひとつだけある」矢野顕子さんのピアノと歌のひみつを少しずつ明かしてくれるものばかりと感じました。

 矢野顕子さんのインタビューに立ち会った編集部のカメラマンSさんは、会社の地下にあるスタジオにこもって撮影をするとき、「Super Folk Song」をかけるようになったらしい(たまたまスタジオに行ってわかったことなのですが──彼はこちらを見て少しだけ「あっ」という顔をしました)。あらためて、矢野顕子さんの音楽を聴きたくなるようなインタビューになったかなと思っています。

 ちなみに今回の「考える人」の表紙の写真は、ニューヨーク郊外のプライヴェートスタジオにある、ご自分のお気に入りのピアノを弾いている矢野顕子さんの手もとを撮影したものです。