Kangaeruhito HTML Mail Magazine 372
 
 DVDを3つ

 ひさしぶりにスタンリー・キューブリックの映画「シャイニング」を見ました。原作はスティーブン・キング。大幅に原作の設定を変えた脚本を気に入らなかったスティーブン・キングが、自分でもうひとつ別の「シャイニング」をドラマ化してしまったといういわくつきの作品ですが、キューブリックのほかの映画と同様、この作品もまた何度見直しても飽きません。

 山麓の高級リゾートホテルの冬期休業期間に、管理人として雇用された作家とその妻と息子の物語。客はもちろん、従業員もすべていなくなった大きなホテルで、家族三人が冬の五ヶ月間を過ごす。下界とのつながりは電話と無線とスノーモービルだけ。電話線も切れてしまうほどの大雪に見舞われる厳冬期に、おそろしい出来事が起こる。

 幼い男の子が、ホテルの客室のならぶ長い廊下を三輪車で走ってゆくシーン。カメラは男の子と同じ視線でうしろからぴたりとついてゆく。三輪車が廊下を曲がり、あらたな廊下のつきあたりがあらわれる、その瞬間のおそろしさ。ホテルの窓際に巨大な雪の吹きだまりができるほどの大雪で、もともとあったホテルへの道さえ見えなくなる。スノーモービルは道があったはずの針葉樹の林にそって、夜の吹雪のなかを車体を斜めにかしげながらゆっくりと進む。

 ホテルのがらんとしたバー・カウンターに主人公が立ち寄って、いないはずのバーテンダーとやりとりをする、そのバーテンダーの表情。ホテルの敷地にある、巨大な植え込みでつくられた迷路。大雪の夜、迷路の足もとを照らすためにしつらえてあるライトが灯り、雪の迷路が照らし出される光景。

 ストーリーはすっかり頭に入っているので、どこで誰が何をするのか、驚かされる要素はもはや何ひとつとしてありません。それでも画面に引き寄せられる。それはなぜかといえば、画面のひとつひとつ、俳優のたたずまいはもちろん、美術やライティング、カメラワーク、それらをすべてまとめあげ、演出し、つくりだされた総体としての映像が、美しいとしか言いようのないものになっているからです。あとからかぶせられた音楽も同じです。だから何度でも見直したくなる。

 やっとDVD化されたピーター・イェーツ監督の「ジョンとメリー」も、これまでに何度も見ています。マンハッタンに住む建築デザイナーのジョン(ダスティン・ホフマン)とギャラリーに勤めるメリー(ミア・ファロー)が、ある夜バーで出会い、お互いの名前も知らぬまま一夜をともにする、その翌朝の目覚めから始まる一日の物語。何度でも見直したくなるのは、このときのミア・ファローがいちばんかわいいからという個人的な理由もありますが、やはり美術がすばらしい。独身の建築デザイナーの部屋のなかはこうでなければというディテールにゆるみがないのです。しかもわざとらしくない。ミア・ファローのヘアメイクも衣装もすばらしい。

 もうひとつ、この休みに見たDVDは「カポーティ」でした。『ティファニーで朝食を』のトルーマン・カポーティが、カンザスシティで起こった一家惨殺の殺人事件に引き寄せられ、6年にも及ぶ取材と準備を経て、ノンフィクション・ノベルの傑作『冷血』を書き上げてゆくまでを描いた作品です。カポーティを演じたフィリップ・シーモア・ホフマンは本作でアカデミー主演男優賞を受賞しています。

 フィリップ・シーモア・ホフマンの演技、カポーティという人物像の解釈については、少し留保したいところもあるのですが(ネイティブの血が入っている殺人犯、ペリー・スミス役のクリフトン・コリンズ・Jrは、文句なくすばらしかった)、しかしこの作品も、丁寧で念入りな美術、静謐な音楽、映像の美しさという意味において、「シャイニング」、「ジョンとメリー」に共通するものがあります。映画のジャンルとしては、まったく別のものであるのに、映画づくりの姿勢に同じものを感じます。

 小説は読者のあたまのなかで、いかようにでもふくらませることができる。しかし映像は、あらかじめ用意された世界のなかでしか展開できません。この「用意」の部分をいかに丁寧に、揺るがせないかたちで練り上げてゆくか。私にとってよい映画とは、どうもこの「用意」の部分にこそあるらしいと気づくのです。

「用意」には時間もかかり、コストもかかる。しかしそれが十全に伝わるかどうかは、映画ができてみなければわからない。その不確かな手応えだけを信じながら前へ進むこと。報われるかどうかわからないまま、ひたすら掘り下げてゆく。

 いい映画は、いろいろな意味で励まされるものがあります。そして、「用意」を怠るな、というシグナルも受け取ることになるのです。
 
 
「考える人」編集長 松家仁之(まついえまさし)
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