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丸谷才一 聞き手・湯川豊『文学のレッスン』(新潮社)

「考える人」に丸谷才一さんが登場してくださったのは、特集「短篇小説を読もう」でのインタビューが最初でした。打ち合わせでお目にかかったのは、都内のホテルのカフェテリア。丸谷さんと直接お話をするのはこのときが初めてでした。年末の仕事納めの日の夕方だったことが、最初の打ち合わせの緊張を少し和らげてくれたような記憶もあります。

 それまでは、文学賞の選考委員として、あるいは文学賞の受賞者として、授賞式パーティの壇上で会場をわかせるスピーチをされる丸谷さんを、遠くから見ていたのにすぎません。ですから、丸谷さんは私のなかではいつもパリッとスーツを着こなしていらっしゃるイメージでした。

『笹まくら』、『たった一人の反乱』、『裏声で歌へ君が代』、『女ざかり』、『樹影譚』、『輝く日の宮』……それぞれがそびえたち、連なる山脈のような小説も、数々の批評のお仕事も、『ユリシーズ』や『若い藝術家の肖像』などの翻訳も、そして軽やかなエッセイも、一読者として読み、愉しんできたものばかりでしたが、それだけにいっそう、丸谷さんはちょっと遠い存在でした。

 丸谷さんには、文壇三大音声の主のひとり、という伝説もあり(ちなみに、ほかのお二人は開高健さんと井上光晴さん)、インタビューの場を想像しては、勝手に気圧されてもいたのです。しかし、ホテルに現れたのは、上等なカシミアのセーターにジーンズ姿の、物腰の柔らかい、笑顔が魅力的な方でした。そして何より、話がおもしろい。打ち合わせなのに、もうインタビューが始まっているかのように、自分が思わず膝をのりだしているのがわかりました。

 当初は特集「短篇小説を読もう」のために一回だけお願いしたはずのインタビューを、一年後の特集「海外の長篇小説ベスト100」で、ふたたびお願いすることになったのは、必然的ななりゆきでした。しかもそれ以降は、「伝記・自伝」、「歴史」、「批評」、「エッセイ」、「戯曲」、「詩」と文学のあらゆるジャンルを横断してゆくシリーズとなりました。

 本書が無類におもしろいのはなぜか。それは、いったん文学のフィールドの外に出て、外側から文学を眺めているからではないか、と思います。たとえば、「短篇小説=short story」という言葉がオックスフォードの英語大辞典に載ったのは1930年の補遺が初めてだったとか、長篇小説大国であったイギリスに対して、アメリカは根深くコンプレックスを抱いているとか、アメリカに短篇小説の傑作が多いのは雑誌が隆盛を極めたからであるとか、いわゆる文学論とは一線を画した場所から論じているのです。人間というもの、歴史というものに対する、飽くなき興味と深く幅広い知識がなければ、このようには決して語ることができるものではありません。

 そして、このように話題が自由闊達に展開していったのは、丸谷さんの語り手としての才能はもちろんのこと、聞き手である湯川豊さんの、丸谷さんから投げられたボールを自在にキャッチし、ふたたび投げ返す、名キャッチャーとしての才能が果たした役割も大きかったと思います。編集部の力だけでは、とうていここまでは及ばなかったでしょう。

 この本にはもうひとつのおそろしい魅力が隠れています。それは、本を読み進めるうちに、お話に登場するさまざまな本を「手に入れて読んでみたい」と思ってしまうところです。これほど「本を読みたい」という気持ちを駆り立てる本には、近年出会うことがありませんでした。巻末には版元を入れた「読書案内」もついています。『文学のレッスン』からもうひとつの路上教習的な「レッスン」へと向かうこともできる。私もこの連載のおかげで、いままで読まずにきたクラシックな本を手に入れて、読み進めることになりました。

 丸谷さんには引き続き「考える人」にご登場いただくプランがひかえています。何をとりあげることになるかは、どうぞお楽しみに。
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